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応援する、応援される。そのあいだにあるもの

推しである濵田崇裕さんが結婚した。
同時に、グループのセンターで溢れる重岡大毅さんも。ファンたちの間では様々な意見が飛び交っている。
第一に、私は、アイドルに人生を捧げてほしいわけじゃない。

やりたい仕事も変わる。
人生の優先順位が変わることだってある。

自分の人生を、自分の意思で生きてほしいと思う。

でも私は、アイドルとしてステージに立つ以上、「ファンを喜ばせること」も大切にしてほしいと思っている。

これは、ファンの需要に応えることが「媚びる」とか「他人軸に踊らされる」という話ではない。

むしろ逆で、私が好きなのは

「自分の人生を生きながら、アイドルであることも大切にしている人」

なのだと思う。



私のアイドル観の原点は、V6とジャニーズWEST.にある。

WEST.が好きだった理由は、単純な「カッコいい」だけじゃなかった。

踊れる。歌える。コントもできる。トンチキソングもできる。オシャレなダンスナンバーも、カッコいいロックもできる。

「何でもできるアイドル」だったから、好きだった。

だからこそ「証拠」のヒットを機に
ロック路線が強くなっていくにつれて、

「ロックが嫌なんじゃない。あなたたち、もっといろんなことできるでしょう?」

という気持ちが生まれた。

久々のダンス曲で「これだよ」となったのに、また別の方向へ向かっていく。

ファンが求めているものと、本人たちがやりたいものは、必ずしも同じじゃない。

その象徴のように感じていたのが、重岡大毅くんだった。

武者修行と称したライブハウスイベントへの参加、尊敬するミュージシャンたちへのリスペクト。

彼が「自分はこういう人間だ。この道を行く」と表現を深めていく姿は、正直カッコいいと思う。

自分の人生を自分で選んでいるという意味では、心から理解できる。

ただ、その熱量が強くなるほど、私の中には小さな違和感も生まれていた。

「あなたが今いる場所は、アイドルなのに」と。

同じように自分の道を突き詰めているのに、私が全く違う感情を抱く人もいる。

山田涼介くんだ。

30代になっても、キラキラの衣装で、ウインクをして、求められるアイドル像を磨き続けている。

「求められている自分を見せ続けること」もまた、立派な自己表現なんじゃないか。

「俺はこれがしたい」だけが自分らしさじゃない。

「ファンが求める自分を、ここまで突き詰める」ことも、その人自身が選んだ生き方なんだと思う。

Snow Manの向井康二くんにも、同じことを感じている。

彼の「アイドルを貪欲に生きる」姿には、いつも励まされる。

同じように、自分を生きる熱量を持っている重岡くんのロック曲のパフォーマンスそのものを否定したいわけじゃない。

その熱量を、ファンが喜ぶ方向に使ってほしいと思っていただけなのだ。



そのことを、私はもっとはっきり感じた出来事がある。

Snow Manが新アルバム発表の配信ライブを予定していた日、雷雨で機材トラブルが起きた。

普通なら、そこで終わってもおかしくない状況だった。

でも彼らは出演予定だったJr.を呼んで、急遽トークに切り替え、リハーサル映像を流す決断へ。

「今できることで、楽しんでもらおう」

という姿勢に切り替えていくのを見て、私は思った。

これは「ファンのために自分を曲げる」ということじゃない。

「自分たちがやりたいことを、ファンが楽しめる形にする」ということなんだと。

自分の表現を捨てるのではなく、届く形に変えていく。

それも、アイドルとしての誠実さの一つなんじゃないだろうか。

そして私は「誰かを喜ばせたい」と考えることそのものを、他人軸だとは思わない。

「私は、この人たちを喜ばせたい」

そう自分で選ぶことだって、立派な自分の意思だからだ。



もう一つ、忘れられない話がある。

SUPER EIGHT、関ジャニ∞の周年ライブにて初期の楽曲や、古くからのファンにしか分からないような曲がたくさん盛り込まれたことがあった。

構成を担当した大倉忠義くんが、

「新しくファンになった人は知らない曲をたくさん入れた」

と話していたという。

でも、長く応援してきたファンにとって、それは何より嬉しいことだった。

「ああ、この人たちは、私たちが一緒に歩いてきた時間を覚えていてくれるんだ」

そう思えたからだ。

その後、メンバーの結婚や妊娠が発表されても

「今まで幸せな時間をたくさんもらった。ありがとう。おめでとう」

と思えるファンがいる。

もちろん、全員がそう思えるわけじゃない。

それでも、それまでに積み重ねてきた「幸せにしてもらった」という実感が、人生の変化を受け止める土台になることは、確かにあるのだと思う。

結婚を受け入れられるかどうかは、結婚そのものだけの問題じゃない。

そこに至るまでに、どんな関係を築いてきたか。

それも大きく関わっているんじゃないだろうか。



Hey! Say! JUMPの有岡大貴くんが結婚を発表したときも、私は同じことを感じた。

結婚そのものについて語るのではなく、これまで応援してくれたファンへの感謝を、丁寧に言葉にしていた。

それを見て「自分の人生」と「アイドルとしてファンに向き合うこと」を分けて考えている人なんだな、と思った。

自分の人生は自分のもの。

でも、ファンと過ごしてきた時間は、自分ひとりのものじゃない。

その時間を大切に扱う。

それもまた、アイドルとしての誠実さなのだと思う。



ここまで書いてきて、私は思う。

アイドルとファンの関係って、実は「与える側」と「与えられる側」だけじゃない。

アイドル側は、ファンが応援してくれることを当たり前にしない。

ファン側は、アイドルが自分の人生を生きる権利を奪わない。

その両方があって、初めて成り立つ関係なんじゃないだろうか。

アイドルがファンを尊重するから、ファンもまたアイドルを尊重したくなる。

「こんなに幸せにしてもらったんだから、この人たちがやりたいことも応援したい」

という気持ちが、自然に生まれてくる。



もちろん「ファンを幸せにすること」がアイドルの義務だとは思わない。

すべてのファンを満足させることなんて、絶対に無理だ。

どれだけファンのことを考えていても「今回の曲は好みじゃない」ということだって、当然ある。

私が大事だと思うのは、

「ファンを幸せにしようとする姿勢があるか」

なのだと思う。

ファンの期待に100%応える必要はない。

でも「あなたたちが喜ぶものを、私たちは考えている」という姿勢が伝わる。

それだけで、ファンとの関係は変わっていく。



私は、アイドルに人生を捧げてほしいわけじゃない。

むしろ、自分の人生をちゃんと生きてほしいと思っている。

自分のやりたいことを諦めてほしいわけでもない。

ただ、私たちがあなたを好きになった時間や、あなたに使った時間やお金や気持ちを「当たり前のもの」にはしないでほしい。

そして私たちファンも、あなたの人生を自分の思い通りにしたいわけじゃない。

あなたが私たちを幸せにしてくれたことを、ちゃんと覚えていたい。

「好きでいてね」ではなく、

「好きでいてよかった」

と思わせてくれる人を、私はこれからも応援したい。

自分らしく生きることと、誰かを喜ばせることは、どちらか一つを選ばなくてもいい。

むしろ、誰かを喜ばせたいという気持ちまで含めて、自分らしく生きることができるのだと思う。

私は、そんなふうにアイドルを生きている人を、これからも応援したい。

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