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思い通りにいかなくても大丈夫*𓈒自己有用感

こんにちは𓂃𓆸*𓈒
暖かい日が続いていますね。

20日から、県外で働いている娘が帰省していましたが今日帰りました。

娘は自分の子どもとは思えないほど、しっかりした子で、自分で大学を決め、自分でなりたい職業を決め県外に就職しました。
就職して1年、泣き言も言わず、1日も休まず、偉いなと思います。本当に。

そんな娘が2ヶ月ぶりに帰省するので、とても楽しみにしていました。
家族で近場の温泉♨️に行く予定を立てて、旅館も予約して、次の日もここに行こうと決めて、この日を楽しみに仕事も頑張っていました。

ところが…私が体調不良になってしまい、旅行の2日前に旦那さんにキャンセルしようと言われました。
とっても楽しみにしていたので、旅行には頑張って行く気があったのですが…

でも、蕁麻疹も出ているし旅行先の食べ物も楽しめないでしょう…
頭痛やめまいが出たら、旅行先で寝込んでしまうことになってしまいます…

泣く泣く旅行はキャンセルしました。°(°´ᯅ`°)°。うぅ残念…

家族にも申し訳ないし、何より予想外の出来事に自分が1番ガッカリしてしまい、自分の体調不良を責めてしまいました。

連休だったのに、ぽっかり空いた時間。
帰省中の娘は家でゴロゴロできて良いと言ってましたが、私がなんか残念で残念で…

誰も責めないし、怒ってないけれど、私が予定外の出来事が受け入れられない!

はじめはそんな感じでしたが、家で娘とTVer見てたら、1人で見るより面白くて…
声を出して笑っていました。
こうやってダラダラと今の時間を楽しむのもいいかもしれない。

そんなことをしているうちに娘がPCをやり出し始めました。
娘は作業療法士なのですが、成果発表会が近々あるそうで、その資料をまとめる業務が間に合わず、持ち帰ってきて時間があるから少し進めているよう。
しかし、PC操作が苦手な娘…フォントは揃ってないし、表は変だし、ちょっと体裁を整える作業を手伝ってあげました。

私は事務なのでWord、Excel、PowerPointは一通りできます。
そういえばこの子、PCだけは不得意だった…
大学のレポートの表とかも手伝ってあげてたっけ。

発表資料の体裁が整うと娘は大喜びで、私を褒め称えてくれました✨
さすが作業療法士。上手。

娘曰く、
「私は苦手な発表資料が完成して、お母さんは自己有用感が高まりお互い良かった!」
とのこと。

確かに、このところ体調不良で夕飯も作れない日があったり自信を無くしていたので、体調が悪くても、私に出来ることがあるのはとても嬉しいですね(*´˘`*)♡

娘の発表の症例を見させてもらいました。
くも膜下出血で麻痺が残ってしまった患者さんですが、リハビリをとても頑張られて驚異的な回復をされていました。
得意だった「裁縫がしたい、ミシンがしたい」という想いを娘が励まして、適切なリハビリとご本人の努力で裁縫とミシンができるまでに回復されたのです。

リハビリに使う「お手玉」を作って欲しいと頼んだところ、退院までに10個を目標にしていたのを、なんと60個も作ってくれたそうです!
中の小豆🫘がもれない細かい縫い方で、病棟の作業療法士達が喜んでいたのが、きっと本人のやる気に繋がったのでしょう。

娘のまとめに、自己有用感が回復に繋がったとありましたが、そのとおりだと思いました。

リハビリ以外の時間も頑張られていたご本人の努力の賜物でもありますが、それを支えたのは自己有用感でしょう。

娘が嬉しそうに話してくれて、素晴らしい仕事をしているなと親ながら感動して涙が出そうになりました。

そして、今の私にも繋がり響きました。
何も出来ないと思っていたけれど、自分の出来ることで人の役に立つのは本当に嬉しいものです。それが人をやる気にさせ、回復させる力になるのもわかります。

そして思うのです。

もし、私が体調不良にならなくて予定通りに進んでいたら、私は娘の発表資料を手伝う時間はなかったかもしれません。
娘は、帰省中は時間がなくて出来ないと思いつつ、少しでも進められたらと思い持ち帰ったそうです。

予定外の出来事は、あまり嬉しいことではありません。
特に楽しみにしていた予定がなくなってしまったりすると、とても残念でそのことを握りしめて離すことができません。
大好きな人との予定だったら尚更です。

無理して、別の代替えの予定を詰め込みたくなることもあります。

それは私が予定していたシナリオにしがみついて執着して離せなくなっているということ。

ずっとそのシナリオを離せないでいたら、予定外の出来事を受け入れることができません。

受け入れた時、予定外の出来事は予想外の場所へ連れて行ってくれます𓂃*𓈒
娘の仕事ぶりや、娘が担当した奇跡の回復をした患者さんの詳細、そして私の自己有用感…

いつまでも予定していたシナリオを手離せないで塞ぎ込んでいたら、他の代替えの予定を入れてしまっていたら、そこには辿り着かなかったはずです。

過ぎ去った過去に縛られて「今」が受け入れられないのは苦しいことです。

「今ここ」にいることができたから、出逢えるものもたくさんあります。

私は怖がりで心配症だから、いつもガチガチに準備をしがちです。
だけど、人生で思い通りに予定通りに行くことなんて僅かです。

頭でどんなにわかっていても、なかなか難しいですが…
思い通りにならなくても大丈夫*𓈒

今起きている「良いこと」も「悪いこと」も、それが最終的にどう転ぶかは分かりません。
確実にあるのは「今」です。

良い悪いをジャッジせず、
悲しんでいる自分の心をなかったことにはせず受け入れて、聴いてあげて、
でもそこに執着せず…

「今」を丁寧に感じることが少しずつ出来るようになっていけますように𓂃𓆸*𓈒

「人間万事塞翁が馬
(にんげんばんじさいおうがうま)」
中国の古い故事に由来することわざで、「人生の幸不幸は予測できない」という意味を持つ。

昔、中国の国境近くに住む「塞翁(さいおう)」という老人がいました。ある日、彼の馬が逃げてしまいました。周囲の人々は気の毒に思いましたが、塞翁は「これが幸運になるかもしれない」と言いました。
しばらくすると、その逃げた馬が立派な馬を連れて戻ってきました。人々は「良かったですね!」と言いましたが、塞翁は「これが不運になるかもしれない」と答えました。
その後、塞翁の息子がその馬に乗っていると落馬して足を折ってしまいました。人々は「なんて不運だ」と言いましたが、塞翁は「これが幸運になるかもしれない」と言いました。
やがて戦争が起こり、若者たちは徴兵され多くが戦死しました。しかし、塞翁の息子は足を怪我していたため、戦争に行かずに済んだのです。

「人生の出来事は一見すると幸か不幸か分からず、後になって逆転することもある」
つまり、今起きている「良いこと」も「悪いこと」も、それが最終的にどう転ぶかは分からない。だからこそ、一喜一憂せずに冷静に受け止めることが大切、という教訓が込められています。
今の状況が悪く思えても、それが将来の幸運につながることもあるし、逆に幸運に思えたことが後で不運をもたらすこともある。そんな人生の流れを示した深いことわざ。

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