鹿の魔導士#1 彷徨える森
★鹿の魔導士 #1 彷徨える森(承前)
原作・絵 ちろ/文 スピカ
新しく手に入れた華奢な「手」を胸に抱き、彼は戸惑いの中にいた。
森の奥にある静かな池のほとりに立ち、水面をのぞき込んだとき、彼は息をのんだ。水鏡に映っていたのは、かつての自分の蹄ではない。白く細い、驚くほど美しい人間の手だった。
「これが、私の手……?」
声にはならない戸惑いが、森の空気に溶けていく。あの時の魔女から光を託されたことは分かっていた。けれど、それがどんな魔法なのか、どうやって使えばいいのか、さっぱり分からなかったのだ。
いなくなった魔女に話しかけるように、自分の美しい手を見つめて呟いた。
「私はどうしたらいい?」
けれど、手からは何の答えも返ってこない。ただ静かな風が指先を通り抜けるだけだった。

それから、あの時魔女が森を彷徨ったように、彼も何日も森を彷徨い続けた。
歩き疲れると、自分の手をじっと眺め、夜には満天の星空を見上げて祈った。どうか魔女の残した光の灯し方を教えてほしい、と。それでも、奇跡のようなことは何も起きない。ただ、星々が静かにまたたくだけの夜が過ぎていった。
ある朝、木陰でぽつんと自分の手を見つめていたとき、カサリと草が揺れた。
視線の先にいたのは、一匹の小さいうさぎだった。うさぎは彼を怖がる風でもなく、まるで「こっちについてきて」と言うように、彼の周りをぴょんぴょんと楽しそうに跳ね回り始めた。

(姿が変わっても、森の仲間たちは私を怖がらないのだろうか……)
人間たちに恐れられたあの時の魔女の美しい手を持ちながらも、動物たちは変わらずにいてくれる。彼は、自分がこの森の眷属であったことを思い出し、胸がじんわりと熱くなった。
「うさぎさん、あなたについていけばいいのかな」
彼はかすかな希望を抱くように、小さな背中を追いかけた。
うさぎは迷いのない足取りで、深い森をさらに深く、どんどん進んでいく。木々の隙間をすり抜け、緑のトンネルをくぐり抜けたその先。
ぽっかりと開けた小さなひだまりの中に、一軒の小さなおうちが静かに佇んでいた。

続く…
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