バレンタインにはハートのブラウニーを届けています
年に一度、バレンタインにはブラウニーを焼いています
学生の頃から作り続けていて、かれこれもう30年ほど
少しずつ進化を遂げて今のカタチになりました
はじめの頃は、オーブンの天板にざっと生地を流し大きく一枚焼いて、ちいさな四角に切り分けただけのシンプルなものでした
そこから 生地にナッツを入れてみたり、いろんな型で抜いてみたり、トッピングやデコレーションでアレンジしたり…

いまは天板で大きく焼いた生地をハートの型で抜いて、さらに溶かしたチョコレートで表面をコーティングするというのが好評で、いつしか定番となり落ち着きました

表面に溶かしたチョコをまとわせたら
冷蔵庫で冷やし固めてできあがり
型を抜いたあとの切れ端が わたしのおやつになります
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19年前に 今の街に越してきた時から、17年間お世話になったクリーニング屋さんがありました
私の両親よりももう少し年上のご夫婦おふたりで営まれている一軒家の小さなクリーニング屋さん
“娘も孫もいないから…” そう言ってとてもよくしてくれました
世間話やお裾分けのやりとり… そんなほのぼのとしたご近所付き合いでした
甘党のおとうさんは、お菓子が大好き
バレンタインにはお決まりのブラウニーを毎年届けています

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2020年の春、ちょうど初めての緊急事態宣言が出され 街から人影が消えたころ
「6月いっぱいで店を畳もうと思うんだよ」と告げられました
突然の閉店の告白に 一瞬にしていろんな心配がよぎります
「元気なうちに引退するわ」
その言葉と笑顔に少しだけほっとしました
開業は1964年の東京オリンピックの年だったんだよ、そう教えてくれました
ご夫婦で歩まれた56年のクリーニング人生
どれだけのシャツにアイロンをかけてきたのだろう
時には取れかけたボタンを付け直してくれていたり、スカートの裾のまつりがほどけていたら縫い直してくれていたりもしました
“ 実は元々は縫製のほうが専門だったんだ ” と話してくれたことがありました
針を持つ男の人、カッコいいなぁと思いました
店じまいの最後の日には、明るい花のブーケと “おつかれさま” を届けに行きました
歴史や思い出がしみ込んだお店
狭い店舗のぎゅうぎゅうとしていた棚やハンガーパイプは がらんとしていて寂しげでした
おふたりにも きっといろんな思いがあったと思います
看板を下ろされてからは、店舗だった一階をリビングルームに改装して のんびりと過ごされています
「もう暇で暇でしょうがないよー」
おとうさんはそう言って笑います
ほんとだったらおかあさんと旅行もたくさんできるはずなのにね…
ずっと変わらないお元気な声と笑顔はとても嬉しいです
私の両親も、結婚してから父が亡くなるまでは夫婦ふたりで家業を営んでいました
私が家を出てからも、きっとお客様やご近所さんにたくさん助けていただきながら頑張っていたのだと思います
そんな両親の姿をどこかに重ねて応援してきていたのかもしれません
この先も いつまでもお元気で、おふたり仲睦まじくいてほしいなと思います
*
私は両親の商売する姿を見ながら育ち、ご縁の大切さやありがたさ、人との関わり方を教わりました
小さなご縁も大事にしたいです
そしてお互いに 無理することなく心が通じあい、
細くても長く続けば幸せなことだなって思います
恋愛でも友情でも両思いが続くのって なかなかにむつかしいことだけど
やっぱり片思いより両思いがいい
思いが伝わるのってうれしいですよね
それでは どうぞよい一日を、よいバレンタイン週間を
#60. 『 バレンタインデー 』
⭐︎初恋の︎ラッピング うまくいかずにシワシワとなる恋の行方ぞ
⭐︎今さらと言わず甘えてみたりとかバレンタインを味方につけて
ー ちる ー

