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ふしぎなピンクの太陽

カラッと晴れて、さらっと心地よい風が吹く。
長袖のシャツ一枚でちょうどいい。
軽やかなこんな日は 自転車で走るのもいいし、のんびりと歩くのもいい。
ふと本屋に行こうと思い立つ。
本はあまり読まない(読めない)のだけれど、本も本屋も図書館も嫌いではない。


目的の本屋に向かう途中の商店街の店先に、本が並んでいるのが見えた。こんなお店あったっけ。
その店は、こぢんまりという言葉がぴったりな洒落た佇まいで足を止めた。
本は古本のようで、店の前にも絵本や文庫本が出ていて、絵本を一冊手に取ったら、ひとりの男性に か細く「こんにちは」と声をかけられた。
振り返った時にはもうその人の目線は違うところに向いていた。
めがねをかけた小柄な男性は、そのお店の人っぽくはなかったけれど、そのお店の人だった。
外の本を整えるその人に「ちょっと中も見せていただきます」と言って店内へ入る。
とても狭いけれどさっぱりとしたおしゃれな空間で、レコードがかかっていた。


さまざまなジャンルの単行本や写真集、雑誌、洋書、それに手作りらしいアクセサリーも壁に掛かっていた。
詩集の棚を眺めて、目の前にあった名前の知らない作家の本を引き出す。パラパラとめくってみると最後のページに挟まった値札には、定価の3倍の値がついていて、そっと閉じて丁寧に戻した。


「こんにちは! 詩がお好きなんですか?」
外から入ってきた女性に声をかけられた。
てっきりお客さんかと思っていたその人も お店に関わる人だった。
明るいピンクの、ゆるっとしたチュニックワンピースには、いくつものほころびのような穴があいていて(そういうデザイン)、とても個性的で難易度の高いファッションを着こなしていた。丸みのあるショートカットもかわいい。年ごろはわたしとそう遠くはなさそうだなと思った。

「ごめんなさい急に…! わたし、店の者ではないんですけど……あ、外にいるあのお方が ここの店主で。 わたしはデザインの仕事をしてて、このお店のデザインもさせてもらって…  壁とか、本のレイアウトとか、音楽を選んだりとかも。 普段はじっと家にこもってひとりで仕事してるんですけど、たまにここに来るんです。 本が大好きで、家は本で溢れ返っちゃって困ってます。あはは!本、お好きなんですか? 何かお探しのものとか?」
明るい。声も表情もテンポも、とにかく明るい人だ。
家にこもってるときは どんな感じなんだろう。

「あ、とくには…。わたしあまり本を読まなくって…。でも何か無性にやさしいものを読みたくなって。詩集に惹かれて見てました」
好きな本も、大切な本もあるけれど、胸を張って本が好きだと言えない。相変わらず苦手意識や、読書に対してのコンプレックスもある。

「あぁ それって、すっごい疲れてるか、すっごい余裕があるかのどっちかですよ」
彼女は あははと明るく笑って言った。
わたしも えへへと一緒に笑った。

(そうなの? わたし、どっちだろう…)

「あ、なんかごめんなさい、お邪魔しちゃって。ごゆっくり見てってください」
そう言うと彼女は外へ出て行った。
…かと思ったらすぐに戻ってきた。
わたしに一冊の本を差し出す。
「これ、高山なおみさんってご存知ですか? もともとは料理家だった方のエッセイなんですけど、絶対にお好きだと思うんです」

(初対面で、しかも会ってまだ数分の人に “絶対”ってすごい。どこでどうしてそう思ったんだろう……)

せっかくだから開いてみた。
読まれた形跡が少しもないような きれいな本だった。
もしかしたら定価の5倍かもしれないから、そっとめくって注意しながら少し読んだ。
たしかに…好きかもしれない…。なんで? ふしぎ。

彼女は隣でその作家とその本の良さをしきりにアピールして、「ぜひ一度読んでみてほしいです!」と言う。
純粋なおひさまみたいなニコニコに “じゃあください”と言いそうになる。
家にこもってひとりで仕事をしているなんて、なんだかちょっともったいない。

「そうそう、ついこの間 本のイベントに行ってきたんですよ。ZINEってわかります?自分で本を作って売ってる人たちがいっぱいいて…。もうすごい人で、すごい熱気で、いやほんとすごくって!」

どうやら ものすごく刺激的だったようだ。
文学フリマのことかなと思って、「ビッグサイトですか?」って尋ねたら、春のおひさまは夏の太陽になった。

「えーーー文フリご存知なの⁈ そうそう、それがほんとにもうアツくって。そこですごい意外だったのが短歌、たくさん見かけて…  流行ってるんですかねぇ…。短歌とかってご興味あります?」

(えっ、な、なに⁈  短歌? ほんまかいな… )

「短歌、好きです…  たまにちょっと作ったりなんかも…(モゴモゴ…)。  ここに短歌の本はありますか?」

夏の太陽は キャーーと言って 真夏となった。
店主は外に立ったまま戻ってこない。たぶん入ってこれない。

探してくれたけれど、このお店に歌集はないようだった。

「インスタ教えてください!!」 そう言われて、「わたし インスタやってなくて」と答えると、真夏は初夏ぐらいになった。
「あーなるほどー。 残念〜 」

ここで “インスタはやってないですよね、絶対noteですよね ” とか言われたら、ふしぎを通り越して怖くなってしまうところだったからほっとした。でも “なるほどー” の部分が ちょっとだけ気になった。

絶対に好きだと勧められた本の値段を見てみたら、定価よりも200円安かった。

「この本、いただきます。きっと好きな気がします」
そう言うと彼女は  「絶対です!!」 と言った。
やっぱりふしぎだ。

店主ではなく その人がレジを打つ。お店番も手伝うらしい。
会計や包装をしながら、彼女は 大学生だという娘さんの話をあれこれして、「自由に楽しく生きてほしい」 そう言って顔を上げた。
なんだかわたしにも言われてるような気になって  「そうですね」ってうなずいた。

「またお会いできそうな気がします!」
そこは“絶対”ではなかったけれど、そう言われたらわたしもそんな気がして、「はい!」と答えた。


外へ出ると、店主っぽくない店主は、わたしに無表情で無言の、軽くうなずくような挨拶をした。
「いらっしゃいませ」とも言わなければ、「ありがとうございます」もなかった。
対照的なふたりが並ぶ。 なんかふしぎ。
全然違うけれど、どちらもカラッとして、さらっとしている。そんな心地がした。
“馴染む”ってこういうことだなと思った。


外で本を見ていたお客さんがひとり、店に入りそうな雰囲気だったので、心の中で(ちょっとふしぎですよ)ってつぶやいた。


結局わたしは、目的の本屋には行かず、寄って帰るつもりだったカフェにもスーパーにも寄らずに、その本だけを抱えて まっすぐにてくてくと帰った。なぜだかそんな気分だった。


なんだろう、ひとつもイヤな気持ちにはならなかった。
お店の営業は月の半分ほどらしい。
次に通りかかった時にも開いているといいな。もしも開いていたらまたのぞいてみよう。


ピンクの太陽の彼女は、なんだか小説や物語に出てきそうな人だったなと思う。
そうだとしたら、あの洋服の穴も、あの時にかかっていた音楽も、何かの謎を解く鍵や伏線なのかもしれない。
“陽子さん”と仮名をつけておく。
またほんとに会えた時には、お名前を尋ねてみよう。楽しみがひとつ増えた。

出会いって ふしぎで おもしろい。



#205.    『 太陽 』

⭐︎サンキャッチャーみたいなピアスが揺れている わたしをキャッチしようとしてる

⭐︎雨雲へゆく飛行機を案じれば太陽のタマゴが届きたり

     ー ちる ー

ヒメヒオウギ [姫檜扇]
(フリージア・ラクサ)

花言葉  『楽しい思い出』



どうぞよい一日を、よい一週間を。


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