こわいかおをみたくないのよ
怒られたり叱られたりした経験は 誰にでもあると思います
父さん、母さん、兄弟姉妹、
おじいちゃん、おばあちゃん、
夫、妻、先生、先輩、ご近所さん、
上司、お客様、知らない人・・・
いろんな場合があると思うのだけど
いやですよねぇ、怒られるの
へこみますよねぇ、叱られるの
こわいですよねぇ、あの顔・・・
怒られるつもりなんてないんです
こちらに非があれば頭を下げます
けれど頑張ってるつもりなんです
だからそんなこわいかおをしないで
*
数々の失敗や辛かった出来事も、忘れてしまってることってたくさんあるけど、遠い昔のことでもいまだに鮮明に記憶していることもあって
それには 出来事と一緒に必ず相手の顔がセットになって残っています
内容に見合わない、割に合わない、場にそぐわないこわい顔は
衝撃となり 心にダメージをもたらして
傷のように記憶となって残っているのです
なにをそんなにおこってるんー
なんでそんなにすぐおこるんー
なんでそんなこわいかおするんー
いやや いやや もうやめてー
小さなわたしは心の中だけで必死に叫ぶと
それはいつまでも奥の方でこだましていました
*
私は幼い頃、母がすごくこわかったのです
突然に爆発する怒り、閃光のような言葉、助走をつけて飛んでくる手のひら
いつも下を向いていました
あのこわい顔を見たくなくて
だって めちゃくちゃこわかったんだもんー
幼稚園の頃、
アイスキャンディーを袋から出したらうっかり落としてしまいました
「水道でささっと洗えば大丈夫や」
母にそう言われたんだけど
汚れたアイスを食べたくなくて…
いやだ いやだと思いながらジャージャーといつまでも洗ってたら アイスがみるみるなくなっちゃって…
「あほか!なにやってんの!」
頭をバシンッと叩かれて、残った棒を握りしめたまま声を上げて泣きました
小学一年生の時、
「樋に雑巾置いてきて」
母にそう言われて雑巾を渡されたのだけど、樋がわからなくって…
「とい? とい ってなに? どこ? どうやっておくん?」と聞くと
「 樋ゆうたら樋やんかっ!外の雨樋やろうが!」
その雑巾を取り上げられてペシンペシンと叩かれました
何が何だかわからずに、どうしていいのかわからずに
けれども それ以上何も言えず ただめそめそと泣きました
物心ついた頃から小学校に上がったあたりまでは怒られてばかりの毎日でした
私はしだいにうまく泣くこともできなくなって
母の顔色ばかりを気にするようになっていきました
小2、小3、、しだいにそんなふうに怒られることはなくなっていきます
けれどもそれは ただ自分で自分を守るべく、母の顔色をうかがい ご機嫌をとるための術を身につけただけのことでした
自分を閉じ込め、我慢して、いい子を演じるようになっていきます
面倒くさいと感じて、自分の気持ちを “諦める” という選択をするようになるのです
少しもいい子でも、いい事でもありませんでした
それは すべてに嘘をついているような感覚で
自分のことが好きになれませんでした
アホで弱虫の嘘つきなんだ…って殻をかぶって閉じ込むと
得体の知れない罪悪感が充満し、頭は麻痺して、ウソもホントもよくわからなくなっていきました
辻褄を合わせるようにして 先生や友達の前でもいい子でいなくちゃと思うようになりました
中学生の後半には、わたしにも反抗期がやってきます
嘘つきな自分に疲れ果てて、息苦しくなり、こんなのはやっぱりいやだ と覚醒します
そして母へも自分の考えや思いをぶつけられるようになりました
殻を剥ぐように、自分にも人にも 意味のない嘘をつくことをやめました
いつのまにか私は大きくなっていて、母と同じ高さで まっすぐに目を見て話ができるようになっていました
母もまっすぐに応えてくれるようになっていたのです
もしかしたら母もかつての自分の言動を後悔したり 心を痛めてたり 悩んだりしていたのかもしれないな…
そんなふうに思えるようになったのは、もっとずっと後になってからのことです
経験や時間を積み重ね、いろんな影響を受けながら “自分” ができあがっていきます
だから人や居場所、身のまわりの環境ってとても大事なんだなぁ
これまでの経験がなければ、今の自分はまたちょっと違う性格や雰囲気になっていたかもしれない
これでよかったのかどうかは よくわからない
ただ、これからも正直でいたいと思っています
*
子育て、とくに思春期の親子関係に悩む方はとても多いと思います
反抗期も成長にとって必要な 健全なものです
人の成長の不思議なメカニズムだなぁと思います
私も 自分自身と向き合って、葛藤を繰り返し、自分の気持ちも少しずつ大事にできるようになりました
そのために必要な時期なのですよね
そんな難しい年頃のアンバランスな私を受け止め、黙って見守ってくれていた存在
それもまた母なのでした
親子って一緒に少しずつ成長していくんですね
親は親として
子は子として
親も子も人として
人って なんだかほんと大変な生き物ですね
たくさんの悩みを抱えて生きていかなくてはならないし
たったひとりでは育つことができないのだから
*
母も歳とともにまるっこくなっていきました
今は すっかり針を抜かれたハリネズミのように ただコロンコロンとしています
小さな私にはわからなかった 大変な苦労やストレス、やり場のない気持ち、いろんなものを抱えながら毎日を必死で生きていたこと、今なら少しは理解できます
そんな火種に、ちいさくてトロトロとした私が火をつけてしまっていたのだと思います
だけど…
こわかったんやもん あのかおー
いややったんやもん あのかおー
わすれられないのよ あのかおー
何十年も前のことを ここまで根深く覚えられてて、更にこんなに大っぴらに言いふらされてるんだから
むしろ母におつりを渡さなくっちゃいけないかもね
どちらのエピソードも覚えていないみたいだけれど
だんだんと心が広くまるくなっていく
わたしもそんな年のとりかたをしていきたいです
一年ぶりのピースな笑顔、元気そうで安心しました
うん、このゆるキャラっぽいほうが ぴったりだと思う
暖かくなってきましたね
笑顔のよい一日を、よい一週間を
#62. 『 親子 』
⭐︎初花のちらつく雪に惑いつつ冬へは戻らないと頑な
⭐︎母と娘の三時のおやつ ドーナツを齧ったような同じイニシャル
ー ちる ー

