あの日の涙は、すべてを物語っていた
タクシーの車内で、私は涙があふれていた。
留学して1か月半が経った頃、ある外国人に誘われて出かけた。最初は軽いお茶のつもりだった。でも彼は、私に自国の言語を習得するよう熱心に説いた。
「今は英語の勉強に集中したい」と断ったつもりだった。でも彼はノートにすでに彼が書いたお手本やテキスト、筆記具、ホワイトボードまで準備していた。そこまでされると、もう断れなかった。
"彼が満足するまでやって、終わらせよう"
そう思って、カフェで3時間の「講義」に付き合った。
スケジュールは彼が全て決め、ランチ、カフェ、夕食、そして帰りのタクシーまで手配されていた。
別れ際も丁寧に見送られたけれど、私はその帰りの車内で涙が溢れて止まらなかった。
「これ、私の人生じゃない」
夫といた日々と、まったく同じ感情が蘇った。
自分の「NO」が言えず、相手を優先し、相手の機嫌を損ねないように振る舞い続けて、自分の気持ちがわからなくなっていく。
ハウスメイトが言ってくれた言葉が、今でも忘れられない。
「あなたには"NO"って言う練習が必要だよ」
そう言われて、ハッとした。
振り返れば、結婚していた頃から、私はずっとこうだった。自分が本当はどうしたいかより、相手がどう感じるかを優先して、気持ちを後回しにしてきた。「言いたいことを言わない」のではなく、「言わないことが当たり前」になっていたんだと思う。
夫は私に対して「察してよ、わかるでしょ」と望む一方で、私が何かを伝えようとすると「言ってくれないとわかんないよ」と返してくることがあった。私は、ちゃんと伝えていたつもりだった。それでも伝わらなかったのは、私の伝え方の問題だったのか、それとも最初から聞く準備がなかったのか、今でもわからない。
さらに、私が夫と違う意見を言うと、「俺を否定した」と返されることがあった。それが何度か続くうちに、自分の意見を言うこと自体が、悪いことのように感じるようになっていった。
「言わなければ察してもらえない」のに、「言えば否定したと言われる」。
どちらに進んでも、自分の気持ちを安全に表現できる道がなかったんだと、今振り返って思う。
夫の反対を押し切ってまで1年の留学を望み、その通りに実現させたのは、そんな環境から離れて、自分の人生を生きるためだった。
それなのに、また「NO」と言えなかった自分への涙だった。結婚生活で身につけた癖は、何も変わらず私の中に残っていた。
そのことに気づいた瞬間、私は「離婚したい」とはっきり思った。
今は、その彼とは距離を置いている。でも、もし彼がこの文章を読むことがあったとしても、傷ついてほしくない。彼がいてくれたから、私は自分の癖に気づくことができた。今はそのことに、感謝している。
身軽になるというのは、モノや仕事を手放すことだけじゃない。「言えない自分」を手放すことも、同じくらい大事な作業なんだと思う。
