⑤脅して仏道へ導くオラオラ系の明王ー仏像を知ると寺院めぐりが楽しくなる
前回の続きです
トップに如来、ついで菩薩。その次の仏格を持つのが「明王」です。
特に密教における仏の一種で、その中心的存在の「大日如来」の化身とも言われています。
この仏さまは、ガラリと雰囲気が変わり、恐ろしい形相をしており、穏やかで優しい雰囲気はまったく感じられません。
仏の教えに背く者を調伏することを目的としており、力強く私たちを煩悩から解放し、怒りを伴いながらも無理やりに仏道へ導こうとする「オラオラ系」の仏さまなのです。
明王が怖いのは熱血だから?
脅して仏道へ導くなんて、そんな「無理強い」の押し付けは、今でいうところの「パワハラ」にあたるように思いますが💦
それもこれも、仏教こそが正しい道であるという強い信念のもと、明王なりの慈悲深さからくる誠意の表れであり、いわば「熱血仏」というものなのでしょう。
でも、怒られるのはやっぱり嫌だなぁ。
そんな無理強いするほどの熱血仏として知られる明王たちは、どんな特徴を持つのでしょうか。
不動明王は
剣や炎で煩悩を絶つ


不動明王は一般的に「お不動さん」と呼ばれ、一番身近で有名な明王の代表格です。
先ほど触れたように、密教における明王の一尊であり、大日如来の化身とされる存在で、後述する「五大明王」の中心的な役割も担っています。
恐ろしい姿をしているのは、あまりに慈悲深いため、人々を救済したいという思いが強く、それだけ親身に衆生に寄り添っているからです。
人々の煩悩を断ち切り救済する慈悲深い仏とされ、日本では「お不動さん」や「不動尊」として親しまれ、広く信仰されています。
【特徴】
・忿怒相ー恐い顔
・右手に剣ー煩悩や悪を断ち切る
・左手に羂索(縄)ー煩悩を縛り、または人々を救いあげる
・火炎光背ー煩悩や悪を焼き尽くす
・磐石に座すー揺るぎない決意と姿勢を表す
・天眼地目
右目は「天眼」ー天界(宇宙全体)を見通すため見開いている
左目は「半眼」または閉じるー地上(人間界)を見ている
いや~本当に隙がありません。
片目ずつ天と地を同時に見渡すなんて、何が何でも救い出すという意思の強さが全身に溢れています。
主に真言宗、天台宗、日蓮宗などで信仰されていますが、現世利益として「厄除け」「学業成就」「商売繁盛」など、庶民たちにとってはそのストライクゾーンの広さから多くの信仰を集めていま
す。
五大明王は無敵か!
さて、上記の「不動明王」をリーダーとして、さらにその東西南北の四隅を護る4体の明王たちがいます。
それらと合わせて全5体は「五大明王」と呼ばれています。

(奈良博・仏像館撮影フリーのもの)
いやいや「不動明王」だけでも隙が無いというのに、さらに4人の仏の能力が加わるなんて、まさに死角なしではありませんか。
【各特徴】
・「中央」ー不動明王…前述通り
・「東」ー降三世明王…三面八臂・過去・現在・未来の三世を降伏させる
…大自在天とその妃(鳥摩)を踏みつけている
彼らは大日如来の説法中に、教えに従わず欲望に囚われていたため、倒して改宗させたという伝説に基づいている。
大自在天は破壊と創造の神、烏摩は美の女神。
二人はその力に溺れ、執着した。「南」ー軍荼利明王…一面八臂、体に蛇を巻き付けている
…障害を打ち砕く
「西」ー大威徳明王…六面六臂六足、水牛に乗る
…怨霊破滅、戦勝や農耕の神
「北」ー金剛夜叉明王…三面六臂、五つの目
…悪鬼を降伏させる
それぞれが特徴的な姿と役割を持ち、卓越した個性で衆生を救済すると知るだけで、すでに戦意を喪失してしまいますね。
愛染明王は
仏教界のキューピット


愛染明王は、その名の通り「愛」を司る明王で、煩悩を悟りに変えるとされています。
【特徴】
・憤怒相ー怒っている
・一面六臂ー1つの顔と6本の腕
・目が三つー法身(永遠の真理)・般若(仏の智慧)・解脱(悟り)を表す
・体が赤いー煩悩の象徴の赤色であり、それを「力」に変える意味
・獅子の冠ー苦難にも屈しない強さの象徴
・弓矢を持つー「禅定の弓」で「智慧の矢」を放ち「無知」を滅ぼす
恋愛成就や結婚、夫婦円満。さらには無病息災、延命や商売繁盛など、これまたストライクゾーンが広くてなんでもOKなので、多くの人々の信仰を集めています。
唯一優しい孔雀明王


孔雀明王は、明王の中で唯一、優しい姿をしています。
また、毒蛇を食べるという孔雀の習性から、人間の毒である煩悩を払うとされています。
【特徴】
・慈悲相ー明王の中で唯一の優しい姿
・孔雀ー孔雀に乗り、孔雀の光背、孔雀の羽を持つ
・一面四臂ー1つの顔と4本の腕
・持ち物
孔雀の尾…災厄を祓う
吉祥果…ザクロのような果実で魔除けになる
倶縁果…柑橘系の果実で気力と体力を増強する
蓮華…清浄や仏法の象徴
ご利益は病気や災難を取り除く「息災」や長寿を願う「延命」、さらには「雨乞い」など、人々の煩悩や迷いを払い、悟りへと導きます。
いろんな人間がいるから
怒る仏も必要なのかも

怒って改心させたり悟らせたりすることが、本当に効果的なのかどうか疑問に思います。
しかし、よく考えてみると、人間はそれぞれ異なる性格を持ち、生活や考え方も多様です。
そのため、如来や菩薩のような優しい態度だけでは効果がない人がいるのも当然かもしれません。
明王は地獄の閻魔のように、恐怖で脅しながらも人々を正しい道へ導かなければならない存在なのかもしれません。
明王が庶民の間で今なお広く信仰されているのには、優しさを軽んじる人間がいかに多いかを証明しているようにも思えます。
実は、一見すると怖い人よりも、優しい人の方が恐ろしいと悟るには、人生の半分以上を経験しないと分からないものだと私自身も感じており、どこか納得できる部分もあるのです。
優しい如来や菩薩、そして恐ろしい明王。
仏教界の登場人物たちは、人間界に非常に似ていると、今回まとめながら感じました。
怒らないと人の言うことを聞かないような人間は放っておけばよい、と悟りきれていない凡人の私は思います。
しかし、人間界において、時にはおせっかいとも言えるような行動を起こす人は、ある種の悟りを開いている可能性があるのかもしれません。
思い返せば、子供の頃には、他所の子にも我が子と同じように叱る「カミナリ親父」や「カミナリババア」が近所にいたものですが、今ではまったく見かけなくなりました。
そもそも、そんなことをすれば、ハラスメントとして親から訴えられるような時代になってしまったからでしょう。
近所の家族構成すらよくわからない現代に、親身になって叱ってくれる近所のおじさんやおばさんの存在など、もはや昭和の産物となってしまいました。
これからの時代はどうなるのでしょうか?
無理やり言うことを聞かせる明王たちの姿に、ふと昔の人間界を思い出し、彼らへの親しみが改めて湧いてきて、信仰心の有無にかかわらず、これらの逸話は現代人が忘れつつある「心」を思い出させてくれるように感じるのです。
※画像は同じタッチのものが揃わず、各所でDLしたフリー画像をCanvaで作成しました。
【仏像を知ると寺院めぐりが楽しくなる】
①仏のざっくり知識
②如来は真理の極め人
③変身する菩薩たち
④個性豊かな菩薩たち
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