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美意識だけで継承された「琳派」の不思議

またまたつきふねさんと、琳派作品の鑑賞に行ってきました。
ここ最近、しょっちゅう会っているうちにお互いの趣味の共通点が多い事に気付いて驚いています。

当初は主に東大寺を中心とした仏像鑑賞だけだと思っていたのが、「音楽」や「美術」などの芸術全般においても共通項があることを発見し、これは今後の活動のために、コンビ名を付けておくべきかもしれません(笑)

その「見仏けんぶつ」コンビならぬ「観美仏かんびぶつ」コンビ(仮)は今回も意気投合して、奈良の「大和文華館」へと共に足を運びました。

日曜美術講座は利用すべし

「くらべて楽しむ琳派作品」と銘打って、8月22日から9月28日まで、琳派作品が展示されているのです。
しかもH.Pで確認すると開催中のイベントして講習会が催されるので、そのうちの一つを狙って訪問しました。

◆9月14日(日)午後2時 日曜美術講座
「くらべて分かる琳派の特徴」  当館学芸部課長 宮崎もも

大和文華館

私は琳派作品が好きです。
桃山時代後期に発祥した絵画や工芸の流派なのですが、どれも華やかでモダン、そして斬新な作品の数々には目を瞠るものがあり、現代も十分通用するデザイン性に富んだところに惹きつけられるのです。

しかし、明確な琳派の特徴はその見た目ぐらいしかわからず、それもまた全てを観たわけではないため他流派との明確な違いまでは把握しておらず、今回はしっかり学びたいと思いました。

美術品は感性がものを言い、好き嫌いは観る者の感じ方によって違うのは当然です。
私がパッと見て「好き」だと思う琳派をさらに探究できると信じ、期待に胸を膨らませて講習にも参加しました。

森の中の坂道を上るとひっそりとある。
やはりここも全ての装飾を除いた、
「蔵」のようなシンプル建築デザイン。
エントランスはシックで落ち着いた雰囲気
昭和21年(1946年)、
近畿日本鉄道(近鉄)の社長・種田虎雄おいたとらおにより設立。
バックの木の壁が組み木細工のように美しい!

展示品は一部を除いて撮影OKなのもうれしい!
その場で堪能しただけでなく、画像もたっぷり持ち帰りました。


琳派の継承形態は独特

琳派と言えば私はこれ!

「風神雷神図屏風」俵田宗達
2016年6月撮影
建仁寺・デジタル複製画

琳派創始者のひとり俵屋宗達たわらやそうたつの「風神雷神図屏風」が浮かぶのですが、さすがにこれは京都の建仁寺所蔵のため今回は展示されていませんでした。
本物はもちろん国宝で、現在は京都国立博物館にあります。

この絵や琳派に関しては過去に著書でも書かせていただいたので、そこから少し引用させていただきます。

同時代に活躍した尾形光琳が琳派の画家として有名ですが、実はその光琳が宗達の代表作である「風神雷神図屏風」や「松島図屏風」を模写●●して技法や画法を学んだと記録にあります。
~中略~
琳派の見た目の特色は次の通りです。
・背景に金銀箔
・大胆な構図

・型紙のパターンによる繰り返し
・たらしこみの技法

歴史をめぐる旅行記: 奥の枝道 其の五 京都・神社仏閣編(上)

「たらしこみ」とは意図的に絵の具を滲ませて濃淡をつける技法のことで、はっきりした色彩と大胆な構図には効果的な技法と言えます。

注目すべきは、俵屋宗達が生年不詳なため確証できないのですが、その後の尾形光琳はそこから約50年後の人であり、宗達に直接会った事もなければ師事していたわけでもなく、ただ模写をして描いているのです。

この事は大きな謎でした。

さて、かろうじて上記の特徴までは知ってはいたのですが、その後、琳派がどのように継承されたのかという点で、今回の講習はとても勉強になりました。
せいぜい30分ぐらいのものだろうと思っていたら、なんとタップリ90分もあり、とても学び応えのある講習でした。

”憧れ”が継承の原動力

琳派の誕生以前は、狩野派や土佐派などのように血族や弟子を多く抱え、その技術的な傾向などを確実に継承してゆくのが一般的でした。

しかし、琳派はまったく違います。
先の派閥のような「家元」から始まる特定の師弟関係はありません。
直接の指導を受けたわけではなく、ただ先人の作品に憧れて、それを模範として継承された流派なのです。

本阿弥光悦 (1558–1637) ┐
├── [琳派の始祖]
俵屋宗達 (生没年不詳) ┘


尾形光琳 (1658–1716)

└── 尾形乾山 (1663–1743) [光琳の弟]


酒井抱一 (1761–1828)


鈴木其一 (1796–1858)


近代琳派(神坂雪佳〔1866–1942〕など)

ChatGPD

上図の▼マークのところで、その都度途切れるのですが、再度復活しています。
それを繰り返して継承してきたのが大きな特徴であり、非常に面白いところなのです。

要するに、絵心や技量を持つ人が、この作風に憧れて模倣しながら時代を超えてきたわけで、これこそが本来の伝承の在り方なのかもしれません。

モダンで鮮やか!
尾形兄弟らしい!

やはり、始祖の本阿弥光悦ほんあみこうえつや俵屋宗達、そしてそれを独自●●に継承した尾形光琳こうりん乾山けんざんの兄弟の作品に注目してしまいます。
宗達は伊勢物語のワンシーンである人物画も遺していたのかと、改めて感心するとともに、やはり同じ作者でもいろんな作風があるものだと思いました。

必見!
現存唯一の光琳による肖像画

これは尾形光琳が描いた「中村蔵之介像」。
光琳による人物画としては現存唯一のものとされています。
彼は、銀貨の鋳造・発行を担う京都の銀座役人でしたが、光琳にとって最大の支援者&スポンサーであり、光琳の画風に最も魅せられた人でもありました。

元禄17年(1704)、蔵之介があらかじめ没後の戒名を定めた際、光琳に描かせたもので、肩衣かたぎぬ小袖こそでなどの衣文線えもんせんが心地よいリズムで美しい曲線となっているあたりは、いかにも光琳らしい表現です。

「富士山」や「花」の琳派継承

酒井抱一は尾形光琳から100年後の画家で、完全に憧れから私淑ししゅくして引き継いでいたことが見て取れます。

そして「富士山」こそ、あらゆる画家が琳派の影響を受けたといって過言ではないのではないでしょうか。
リアルに描く富士山も美しいものですが、特徴をデフォルメすることで新たにデザインする琳派の富士山は、他派とは一線を引く魅力があります。

今見ても、十分な芸術性に富み、大胆な構図と相まってモダンさと煌びやかを画面いっぱいに表現しているのです。

余談ながら、
約3年前の記事で紹介した片岡球子かたおかたまこの富士山もとても力強くて大好きです。
これもまた琳派の流れを汲み、どこかクリムトの配色や表現をも匂わせ、個性が光る作品だと思います。

「めでたき富士」
シバヤマ

富士山は日本人にとって、心で鑑賞する精神的な芸術そのものであり、その描き方はそれぞれの画家の感性がそのまま剥き出しになるため、表現方法も実に多様化するのでしょう。

「伝」の定義は決まっていない

ところで、作者名の前に「伝」と書いていることがあります。
それは真作ではない可能性もある場合に付けられるのですが、驚くことにその定義は美術館によって違うそうです。
たとえば落款や記名があればわかりやすいのですが、ほとんどが現代のような詳細な記録や証明書が存在しないため断定できないのです。

その場合、歴史的背景や、師弟関係や継承状態など様々なことから判断されるのですが、ここ大和文華館では伝わる歴史や伝承によって、その人物や時代のものであるとされている状態であれば「伝」と付けられるそうです。


琳派は現代も続く

2015年、尾形光琳没後300年として「琳派400年記念祭」が京都を中心に開催され、現代作家などが琳派を独自に解釈した作品が発表されました。

波・桜・紅白梅・燕子花かきつばたなどの琳派のモチーフが再デザインされ、今なお琳派は進化し続けています。

今現在、特定の琳派の継承者が存在しないのは、元々が子弟や一門ではなく、後世の者が自らの意思で学んできた流派だけに、個人ではなく様式の継承が主なものだからでしょう。

日本画家はもちろん、工芸家や新進気鋭のデザイナーに至るまで、各分野で琳派は引き継がれているのを見ると、琳派の発祥時期が下剋上の戦国時代という背景があり、封建的な世襲制から開放されて自由な発想が生み出したものだからではないかと想像します。

光悦+宗達から始まり、光琳・乾山 → 酒井抱一 ほういつ→ 鈴木其一きいち → 近代琳派へと時代を超えて「リレー」され、そこには彼らのみが感じた「美意識」が存在し、その継承系譜が今も続いているのが琳派の大きな特色であり不思議なところなのです。


現代の琳派の特徴を引き継いだ作家の一部を挙げると次の通りです。

加山又造かやま またぞう(1927~2004)
平松 礼二ひらまつ れいじ(1941~)
佐々木裕而ささき ゆうじ(1951~)
金木正子かねき まさこ(1976~)
吉田 翔よしだ しょう(1984~)

最後に…

大和文華館の敷地全体は季節の木々や草花が植えられ、その間を遊歩道が縫い、四季ごとに楽しめるものとなってます。
隣接した蛙股池かえるまたいけが木々の間からキラキラと垣間見え、なんとも風情のある空間が広がっていました。

これはまた違う季節の風景も観たいと思わせる庭でした。

蛙股池かえるまたいけは、
大和文華館のすぐ裏手にあり、奈良時代から続く歴史のある池。
池の形が社寺建築の部材である
「蛙股(蟇股)」に似ていることから名づけられた。
(AIによる回答より要約)



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