第8回:旧約と新約の美しい絡み合いがスタートするヨハネ1章
◆50日目の聖霊降臨(ペンテコステ)へのカウントダウン
クリスマス・イースター・ペンテコステはキリスト教の三大祝祭日です。クリスマスがイエスの降誕日であることは、聖書になじみがない日本人にもよく知られています。そしてイースターがイエスの復活の日であることも、近年は知られるようになって来ました。それに比べて、ペンテコステのことを知る日本人は極めて少ないと言えるでしょう。
このことは、とても残念なことです。なぜなら、ペンテコステはクリスマスとイースター以上に重要であると思うからです。もちろん、クリスマスもイースターも極めて重要な出来事です。しかし、この二つがイエスの降誕と復活の出来事であるのに対して、聖霊が降ることは当時の弟子たちだけではなく、21世紀の私たちにも起こり得る出来事です。私たちも同じことが経験できるという意味において、最も重要な出来事だと言えるでしょう。
聖霊降臨はイエスの復活の日から50日目の五旬節の日にありました。使徒の働き(使徒言行録)は、この日の出来事を次のように伝えています。
使徒2:1 五旬節の日になって、皆が同じ場所に集まっていた。
2 すると天から突然、激しい風が吹いて来たような響きが起こり、彼らが座っていた家全体に響き渡った。
3 また、炎のような舌が分かれて現れ、一人ひとりの上にとどまった。
4 すると皆が聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、他国のいろいろなことばで話し始めた。
ヨハネ1章には、この劇的な出来事へのカウントダウンが三つの「その翌日」(29節、35節、43節)と「それから三日目」(2章1節)という形で秘かに仕込まれています。
① 1章19~28節:復活日~10日目
② 29~34節:11日目~20日目
③ 35~42節:21日目~30日目
④ 43~51節:31日目~40日目(イエスが天に帰られた昇天の日)
⑤ 2章1節の「それから三日目」で41~50日目をスキップ
⑥ 2章1節~:50日目の五旬節の日
この三つの「その翌日」と「それから三日目」を区切りにした聖霊降臨へのカウントダウンは、「旧約の時代」の創世記の時代の区切り(連載第3回参照)と美しく絡み合っています。第3回の説明を再掲します。
① 1章19~28節:アブラハム以前
② 29~34節:アブラハムの時代
③ 35~42節:イサクの時代
④ 43~51節:ヤコブの時代
⑤ 2章1節の「それから三日目」でヨセフの時代をスキップ
⑥ 2章1節~:モーセの時代
ヨハネの福音書1~11章では「旧約の時代」と「使徒の時代」がDNAの二重らせんのように互いに絡み合っていますが、ヨハネ1章はそのスタートラインです。
◆40日目に帰天して再び「天のイエス」になったイエス
神の御子イエスは、もともとは父とともに天にいて、天地万物を創造しました。ヨハネ1章の冒頭に書いてある通りです。
ヨハネ1:1 初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
2 この方は、初めに神とともにおられた。
3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもなかった。
そんな御子イエスでしたが、母マリアの胎に聖霊によって宿るという形で、地上に遣わされました。この「地上のイエス」は十字架に掛かって死んだ後に、三日目に復活しました。そうして復活から40日目に天に帰りました。使徒の働きは次のように記しています。
使徒1:3 イエスは苦しみを受けた後、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。四十日にわたって彼らに現れ、神の国のことを語られた。
(中略)
8 「聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」
9 こう言ってから、イエスは使徒たちが見ている間に上げられた。そして雲がイエスを包み、彼らの目には見えなくなった。
ヨハネ1章の最後の51節は、この出来事を記しています。
ヨハネ1:51 (イエスは)言われた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。天が開けて、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを、あなたがたは見ることになります。」
「天が開けて」、イエスは天に帰られました。先ほどのカウントダウンの通り、31日目から始まった第④ブロックの締めくくりであるこの1章51節は、まさに「40日目の昇天」のタイムラインと完璧に一致しています。このヨハネ1:51は、「旧約の時代」のヤコブが見た天の階段の夢(創世記28:12)と重ね合わされると同時に、「使徒の時代」にイエスが文字通り天へと帰っていかれた「昇天(使徒1:9)」の歴史的瞬間そのものを描いています。ここでもヨハネ1章は、旧約と新約が美しく絡み合っています。
◆助け主(弁護者)である聖霊を天から遣わす「天のイエス」(ヨハネ14:26他)
ヨハネの福音書は13~17章に「最後の晩餐」の場面があります。この長大な「最後の晩餐」もまた、マタイ・マルコ・ルカの福音書との大きな違いの一つです。
ここでイエスは聖霊についての教えに多くの時間を割いています。ここでイエスは聖霊のことを「助け主」(新改訳)、或いは「弁護者」(新共同訳)と言っています。
ヨハネ14:16 そしてわたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。
17 この方は真理の御霊です。世はこの方を見ることも知ることもないので、受け入れることができません。あなたがたは、この方を知っています。この方はあなたがたとともにおられ、また、あなたがたのうちにおられるようになるのです。
ヨハネ14:26 助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
ヨハネ15:26 わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち、父から出る真理の御霊が来るとき、その方がわたしについて証ししてくださいます。
27 あなたがたも証しします。初めからわたしと一緒にいたからです。
ヨハネ16:7 わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのです。去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はおいでになりません。でも、行けば、わたしはあなたがたのところに助け主を遣わします。
これらのイエスのことばから分かることは、「助け主」の聖霊は、父とともにいる「天のイエス」が地上の弟子たち(私たち)に遣わすということです。
それゆえにイエスを信じて聖霊を受ければ、前回の第7回でも記したように、
ヨハネ4:42 「もう私たちは、あなたが話したことによって信じているのではありません。自分で聞いて、この方が本当に世の救い主だと分かったのです。」
と言うことができるようになります。聖霊を受けるなら「天のイエス」が私たちの内に入り、声を直に聞くことができるようになるからです。
ヨハネ1章は、旧約の壮大な歴史と、この素晴らしい新約の現実が絡み合う「二重らせん」のスタートラインです。
五旬節の日に「天のイエス」から注がれた聖霊は、2千年前の弟子たちだけのものではありません。21世紀を生きる私たちの内にも等しく注がれ、私たちは今、時空を超えたこの「天のイエス」の圧倒的な恵みの証人とされています。
(※仕事と家族の介護で多忙なため、コメントへの返信は行いません。大変申し訳ありませんが、あらかじめご了承ください。よろしくお願い致します。)
