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大失態から始まった物語 ――川崎宗則が証明した「信頼」の力、泥にまみれた二軍の流儀、挫折と感謝が育てたメジャーリーガー

【ノンフィクション・コラム】
大失態からの這い上がりと、泥にまみれた「2軍の流儀」

――川越透が明かす、川崎宗則の若き日の過ちと、球界マル秘「罰金還元システム」の真実
文・ちとく魂


「人間、誰しも失敗はする。大事なのは、その大失敗の後にどう動き、どうやって信頼を取り戻していくかなんだ」
兵庫の山あいで、部員19人の氷上高校野球部を率いる川越透の言葉には、長年プロの世界で酸いも甘いも味わってきた者だけが持つ、深い包容力と人間味がある。
川越がそう語る背景には、福岡ダイエーホークスで共に戦った「ムネリン」こと川崎宗則の、若き日のあまりにも人間臭い大失態の記憶がある。



■ 福岡の「便利さ」が招いた、若き川崎の大失態
1999年のドラフト4位で入団した川崎宗則は、鹿児島工業高校時代に甲子園出場もなく、中央球界ではほぼ無名だった。体格も細く、入団当初は「二軍でも通用しないのではないか」と厳しい声も上がった典型的な叩き上げの男だ。
そんな彼がまだ若く、必死に頭角を現そうとしていた頃、関西遠征の移動日に「事件」は起きた。
プロ野球の世界では、移動時間は絶対である。時間になれば、全員を乗せた飛行機や新幹線は非情にも出発する。
福岡ダイエーホークスの本拠地は、プロ野球界でも群を抜いて移動の便が良いことで知られていた。空港も博多駅も市内にあり、中心部から地下鉄でわずか2駅ほど。市内にいれば移動で失敗することなどほぼあり得ない、最高の立地だった。
しかしその日、川崎は出発時間になっても空港に姿を見せなかった。球団関係者が血眼になって連絡を試みるも、携帯電話は一向に繋がらない。
「どうやら、彼女の家でぐっすり寝込んでしまっていたみたいでね」と川越は当時を振り返り、苦笑する。


チームは川崎を置いて先に関西へ出発し、練習を始めた。ようやく目を覚ました川崎は球団スタッフの手配で大慌てで後から球場に滑り込んだが、時すでに遅し。高額の罰金が待っていたという。
この「寝坊大遅刻」は当時、球界内でかなり話題になったエピソードだ。川崎本人は後年、バラエティ番組などでこの失敗を自虐的に語り、「本当に若気の至り。目が覚めた瞬間、死にたくなった」と笑い飛ばしていた。
「本当に若気の至りの大失敗だった。でもね、ムネはそこで腐らなかった。常に全力で野球に取り組み、裏方さんや周囲への気配りを絶対に忘れなかった。自分は下手くそだという自覚があるからこそ、人の何倍も練習して感謝を忘れなかった。だからこそ、そんな大失敗の後でも誰も彼を見捨てず、信頼を回復して、2003年の日本一、そしてメジャーでの活躍へと駆け上がることができたんだ」

■ 知られざる2軍のマル秘話。「

罰金」が「賞金」に変わる粋な仕組み
ここで川越は、プロ野球界の知られざる「お金の循環」について、興味深い裏話を明かしてくれた。1軍での罰金はそのまま球団の管理下に置かれるが、お金に余裕のない2軍の世界では、全く違う「粋なシステム」が機能していたという。
「2軍の選手にとって、3万円や5万円の罰金っていうのは本当に生活に響く痛い出費なんだ。じゃあ、その集められた罰金はどこへ行くと思う? 実はね、球団に没収されるんじゃなくて、2軍の中でプールされているんだよ」
スポンサーなどの大きな資金が動かない2軍において、このプールされた罰金は、選手たちのモチベーションを爆発させるための「原資」へと姿を変える。
「今日は完封勝利を挙げたから賞金1万円!」「マルチ安打を打ったから1万円!」「サヨナラタイムリーを打ったから1万円!」「逆転満塁ホームランだから3万円!」といった形で、活躍した選手へその場で現金として還元されるのだ。
「元を正せば自分たちが出した罰金なんだけどね(笑)。でも、形を変えて『お前の今日の活躍は素晴らしかったぞ』と評価されて戻ってくると、選手は意外なほど底抜けに嬉しいもんなんだよ。実際に2軍コーチをしていた頃、還元された選手が『これ俺の罰金じゃん! でもめっちゃ嬉しいわ!』って照れながら喜ぶ姿を何度も見た。泥臭い環境だからこそ、そうやってハングリー精神を刺激し、這い上がらせる工夫がそこにあったんだ」


【深掘り解説】プロ野球における「罰金」の知られざる真実と光影
川越氏が語る2軍の罰金還元システムは非常に温かみのあるエピソードだが、一歩プロ野球界の歴史や構造に目を向けると、「罰金」制度には独自の歴史と、法的・税務上の複雑な光と影が絡み合っている。


1. ドジャースを手本にした「川上巨人」の罰金歴史
日本のプロ野球において、ミスや規律違反に対して「減俸」ではなく「罰金」でカタをつける文化を定着させたのは、巨人V9時代を築いた川上哲治監督だと言われている。川上監督はドジャースの罰金制度を手本に、「プロなのだから、試合に出さないといった体罰のような懲罰ではなく、金でケリをつけるのが原則」という方針を持っていた。
当時の巨人軍クラブハウスには、細かな内規(ローカルルール)の罰金表が張り出されていた。


  • サインの見落とし:1万円

  • スクイズのサイン見落とし:2万円

  • 一塁への全力疾走怠慢:1万円

  • バント失敗:3,000円

  • 集合時間への遅刻:1万円(再犯は2万円。電車の遅延など理由を問わず一発徴収)

川上監督は注意すれば防げる「ケアレスミス」を極端に嫌い、不測の事態を想定して行動させるために厳格に運用した。これが「巨人時間」(集合の30分前行動)という鉄の規律を生む原点となった。興味深いのは、川上監督自身も現役時代に徹底した自己管理で知られ、こうしたルールを自らに課していた点だ。


2. 桁外れの「球団・NPB公式制裁金」
一方、グラウンド内外での重大な規律違反に対しては、数百万〜数千万円単位の公式制裁金が科される。

  • 審判への侮辱行為・小規模な乱闘:5万〜20万円

  • 星野仙一監督らによる審判骨折乱闘(2000年):50万円

  • パットン投手(DeNA)の冷蔵庫殴打・骨折(2019年):500万円

  • ガルベス投手(巨人)の審判へのボール投げつけ暴挙(1998年):4,000万円


3. 税務上のグレーゾーンとプール金の行方
チーム内で徴収される数万円単位の罰金は、マネージャーや選手会長が私的に管理・プールし、チームの親睦会費用、忘年会、最も罰金の少なかった選手への表彰(実質返還)、退団する裏方スタッフへの記念品代などに充てられることが多い。
ここで生じるのが税務処理の難しさだ。選手は建前上「個人事業主」であるため、罰金を「必要経費」として申告できるか、プール金から選手へ還元された「賞金」が贈与税の対象になるかなど、解釈が曖昧。過去に税務調査で指摘を受けたケースもあり、金額が膨らむとリスクを伴う。


4. 「罰金+翌年減俸」は二重処罰か? 選手の法的な弱さ
遅刻などで即2軍落ちし、年俸の日割り減額を伴うケースは「実質ダブル罰金」。プロ野球選手は「個人事業主」とされつつ、実態は労働者的な性格が強く、労働法の完全保護を受けにくいグレーゾーンに置かれているのが現実だ。

■ 19人の侍たちに伝える「失敗の本質」
若き日に寝坊で大失態を犯しながらも、向こう見ずな積極性と周囲への感謝で一流の道を切り開いた川崎宗則。川上巨人が築いた厳しい罰金制度も、2軍では選手を鼓舞する温かい還元システムへと進化してきた。



川越が今、部員19人の高校野球部で実践する指導の根底には、まさにこの「失敗を成長に変える哲学」が生きている。
「高校生なんて、失敗の連続だよ。サインを見落とすことも、バントに失敗することもある。でも、プロのように罰金を取るわけじゃない(笑)。大事なのは、失敗した後にどう動くか。そして、失敗を全員でカバーし合い、一人の活躍を全員で喜び合えるチームになれるか。19人しかいないチームだからこそ、一人の失敗も一人の手柄も、全員のものになるんだ」


過疎化が進む丹波の地で、元プロ捕手が仕掛ける、泥臭くも温かいチーム作り。川崎宗則のように、失敗という最高の教科書を胸に、19人の侍たちは明日の一歩を力強く踏み出していく。

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