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神のベースランニング―川越透が明かす、香川伸行という天才「香川を見ろ!」―130キロの巨体が教えた走塁の真実、直角には曲がれない―ドカベンが知っていた走塁の理由、足が遅いから速かった―香川伸行の合理的


【スポーツ・ノンフィクション】
130キロの巨体に宿る合理性――元ダイエー捕手・川越透が明かす、ドカベン香川伸行「神のベースランニング」
文・ちとく魂

時計の針が16時を回り、グラウンドに長い影が伸び始める。すっきりと晴れ渡った夕方。18時までの2時間にわたり、九州の有力紙から訪れた記者を前に、元プロ捕手・川越透(59)が明かしてくれたのは、プロ野球史の常識を心地よく覆す、あまりにも濃密な「天才」の記憶だった。


かつて全国放送のドキュメンタリー番組『ザ!世界仰天ニュース』でもその激動の野球人生が紹介され、多くのファンの胸を打った川越。その瞳には、かつて同じユニフォームを着て泥まみれで白球を追った、懐かしい先輩の姿が鮮烈に蘇っていた。
ターゲットは、あの「ドカベン」こと、香川伸行である。


■ 世間のデータが隠蔽した「現場の常識」
香川伸行。浪商高校時代に甲子園を熱狂させ、1980年に南海ホークスへ入団。愛くるしいキャラクターで誰からも愛され、晩年は130キロとも言われた球界最重量の巨体でグラウンドを沸かせた強打の捕手だ。
ネットの記録や、いわゆる「机上の野球ファン」の間で、彼の走塁評価は惨憺たるものである。「長打力はあるが、弱肩鈍足。守備・走塁に難があり、出塁すればすぐに代走を送られる選手」――それが定説だ。事実、盗塁のイメージなど皆無に等しい。
だが、同じグラウンドで至近距離からその一挙手一投足を目撃していた川越の評価は、世間のそれとは180度違っていた。
「あの体型でね、本当にすごいことがあったんですよ。みんな香川さんは『走塁が上手い』って言うんです。僕らの間では有名な話でした。全くイメージがないかもしれませんが、現役通算で8つの盗塁を決めているのも、決してフロック(偶然)なんかじゃないんです」
川越は、熱を帯びた声でスクリーンの裏側をめくり始めた。


■ 直角には回れない――あえて「手を抜く」美しきアプローチ
純粋な足の速さ(スピード)自体があるわけではない。それは誰もが知っている。しかし香川には、そのハンデを完全に無効化する、卓越した「走塁技術」が備わっていた。
川越が最も驚嘆したのが、2塁ランナーに置かれた際の本塁生還確率の異常な高さだ。香川はあの巨体でありながら、単なるワンヒット(単打)だけで、2塁から一気にホームまで帰ってくることがほとんどだったという。その秘密は、ベースランニングの物理的限界を逆手に取った合理性にあった。
「結局ね、人間は直角にベースを回るなんて絶対に無理なんですよ。みんな、がむしゃらに次の塁へ早く行こうとして、最短距離でベースに突っ込んでしまう。それでは遠心力で外側へ大きく膨らんでしまい、結局ホームが遠くなるだけなんです」


香川の走塁はその逆、まさにプロの業(わざ)だった。2塁から3塁へ向かう際、香川は一見すると「手を抜いている」かのようにも見えるゆっくり目のスピードで、3塁への進入角度をあえて大きく外側へと取る。ベースをしっかりと見据えながら十分な膨らみを作り、そこから直線的にホームへの最短ルートを突っ切るのだ。無駄な膨らみを一切排除したその最短距離の直線こそが、巨漢のワンヒット生還を可能にしていた。


■ 相手の捕球に同期する「シャッフル」と、刹那の判断力
さらに香川の走塁を「天才」たらしめていたのが、バッターが打つ瞬間に見せる「第二リード(シャッフル走法)」の技術と、異次元のディテールである。
香川はただランナーとして突っ立っているわけではない。自身が天才的なバッティングセンスを持つがゆえに、味方打者が放つ打球のインパクトポイント(打点)を驚異的な直感で見極めていた。バットに球が当たる瞬間に合わせ、あらかじめ次の塁へスムーズに、かつ完璧なタイミングで走り出す。
そして、川越が明かす最も深いプロの技術がここにある。
「ただ早くベースに到達するんじゃない。ホームに還るために、ベースを踏むタイミングを、相手野手が打球を捕球するタイミングにピタリと合わせるんです」
野手がボールをグラブに収めるその刹那に、自分もベースを踏む。もし、野手が一瞬でもファンブル(失策)をしたとしたら――。最初からがむしゃらに突っ込んでベースを行き過ぎてしまったランナーは体勢を崩して対応できないが、香川のようにあえてアプローチを大きく取り、相手の動きを計算してベースに到達していれば、野手のわずかな隙に即座に、かつ爆発的に次の塁へと反応できる。
この高度な予測能力と、ポイントの合わせ方が異常に上手かったからこそ、相手外野陣が「ドカベンだからバックホームは間に合う」と高を括っている隙を突き、悠々と本塁セーフをもぎ取ることができたのだ。


この姿を見ていた当時のホークスのコーチ陣は、走塁練習の際、若い俊足選手たちを並べてよくこう叱咤していたという。
「おい、香川を見ろ!あの体型でも2塁から一気にホームへ帰ってくるんだぞ!お前たちにできないわけがないだろう。走塁は足の速さだけじゃない、技術なんだ!」


■ 1983年、4割を導いた「野球勘の塊」
もちろん、彼の本領である打撃センスが本物であったことは言うまでもない。自身をよく理解してくれた穴吹義雄監督との出会いによって心機一転して臨んだプロ4年目の1983年、香川は一気に才能を爆発させた。
「今シーズンはでっかいことをやれそうや。これは僕の予感だけど間違いないで」と語っていた通り、春先から打ちまくった香川は、4月末時点で打率.455という驚異的な数字を叩き出し、月間MVPを獲得。門田博光の故障離脱後は4番も務め、規定打席には届かなかったものの、打率.313、15本塁打の大活躍でベストナインにも選出された。巨体を揺らして三塁打を放ち、時にはセーフティバントまで決めてみせる野球勘の塊だった。


■ 魂は丹波のグラウンドへ
2014年、52歳という若さで急逝した香川伸行。「本当に残念。いい人でした」と川越は静かに呟く。
世間が抱くイメージの裏側で、プロの目を唸らせるほどの綺麗な走塁を見せ、シャッフルを駆使してダイヤモンドを駆け抜けた知られざる野球天才。その技術へのリスペクトは、当時の現場にいた者だけが共有する勲章だ。
18時を迎え、グラウンドを照らす夕日が茜色に深く染まっていく。川越がいま、兵庫県丹波市の実業高校の選手たちに伝えている「走塁をコツコツと一つずつ積み重ねる」という野球の基本。その中には、かつて同じグラウンドで見た先輩・香川伸行の、あの妥協なき走塁技術の記憶も確かに息づいている。


「足の速さなんて関係ない。入り方を工夫し、最短距離を走り、相手の隙を突く。それができれば、誰だって次の塁へ行けるんだ」
還暦を前にした川越透の新たな挑戦は、偉大な先人たちの遺した至高の「野球の知性」を胸に、今夕もグラウンドにノックの音を力強く響かせている。

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