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仰木マジックの継承者――怒りの敗戦が教えてくれたもの?4番はあみだくじでいい!常識を壊した雨の日の対話、感情の野球論、甲子園より先に育てるべきもの



【ノンフィクション・コラム】
丹波の雨に濡れた敗戦と、脳の奥底に灯す火
――川越透が激怒した日、原智徳が説いた「奇跡を起こす感情の野球論」
文・ちとく魂

雨が容赦なく降りしきる丹波のグラウンド。水溜まりが浮かぶ最悪のコンディションの中、本来はダブルヘッダーが予定されていた練習試合は、なんとか1試合だけ強行された。対戦相手はこの地区で名の知れた私立の強豪校。結果は、川越が指導する高校の完敗だった。


試合後、泥まみれのグラウンドで元プロ捕手・川越透の表情は怒りで引きつっていた。「このチームをどうにかしなければならない」という、痛いほどの責任感が彼を突き動かしている。その猛烈なエネルギーを、すぐ傍らで静かに見つめる男がいた。原智徳である。
怒気はらむ川越の肩をそっと静めるように、原は誰もが耳を疑うような言葉を切り出した。一つの深い「対話」が、そこから始まった。


■ 「4番バッターなんて、あみだくじで決めてもいい」
:「川越さん、そんなに怒らんと。極端な話、4番バッターなんて、なんなら抽選やあみだくじで決めてもいいん違いますか?」
川越:「……抽選、ですか?」
驚きを隠せない川越に、原は自身の確固たる経験則から、高校野球における「4番」の本質を語り始めた。



:「私学の強化クラブみたいに『お前が4番だ、ホームランを打て、力強く振れ』とガチガチに期待を背負わせるのは、うちのような公立校では間違いやと思うんです。『できないのはお前のせいだ』という指導は今の時代、通用しません。本当にパワーのあるバッターは、あえて下位打線に置いて楽に打たせてあげた方が、本来の力を発揮することが多い。むしろ4番には、変化球でもしぶとく粘れる技巧派の、打率を残せるバッターを据える。高校野球でも、そういうチームの方が意外と苦しい試合に勝てるんですよ。セオリー通りじゃなくていい。僕は川越さんに、ガチガチの監督ではなく、相手の裏をかく『仰木マジック』のような名将になってもらいたい。そっちの方がイメージもめちゃくちゃいいでしょう?」
原の言葉は、プロの常識を優しく、しかし確実に揺さぶっていく。
:「基本は高校の部活動なんですから。選手たちの気持ちが前向きになれば、奇跡は起こるんです。ガチガチに形を固めて、大人が怒ってばかりいたら、高校生は委縮して動けなくなってしまいますよ」


■ 松葉健司先生が教えてくれた「内側から火をつける」野球
高校生はプロ野球選手ではない。前日に家庭で何かあった、学校で何かあった——そんな些細なことでその日のプレーが180度変わってしまうほど繊細で、未完成な存在だ。
原はここで、三重県の進学校・松阪高校を率いた名将、松葉健司先生の言葉を引き合いに出した。松葉先生は弱小公立校の久居農林高校を2002年夏に甲子園へ導き、2012年夏には松阪高校を初の甲子園出場に導いた伝説の指導者だ。特に松阪高校では、左腕エース・竹内諒投手(早稲田大学出身)が甲子園のマウンドで堂々たる投球を見せ、公立進学校の限界を打ち破った。


:「松葉先生は本当に面白い方でね、選手と野球に関係ない話ばかりするんです。『どこのラーメン屋が美味いんや?』とか。でも、その『関係ない話』こそが、子供たちの心を開くために一番大事なんです。そして川越さん、あなたにはそれができる。他のガチガチの指導者にはない、親しみやすさと人間味があなたにはある。そこを武器にして、選手たちの気持ちを揺さぶってほしいんです」
原は一呼吸置き、静かに熱を込めながら続けた。
:「松葉先生は言いました。『人間の心は外側からできてるんじゃない、内側からできてるんだ。脳みその一番奥のほうに火をつけたら、人間は変わる。感情の部分、感じ方の部分なんだ』と。外側の理論や理屈をいくら並べて火をつけようとしても、人間は変わりません。変わったとしても一瞬だけ。理屈なんてものは、あとから勝手についてくるんですわ。だから、純粋に『楽しい』『面白い』『この仲間と一緒になりたい』という感情だけで野球をやればいい」
松葉先生は今、教員を退き、次世代リーダー育成会社「HumanFreeman」を設立して全国で人間教育に取り組んでいる。甲子園という大舞台で弱者を強くした経験を、野球の枠を超えて社会に還元しているのだ。
川越はプロの目線で深く頷いた。


川越(回想):「僕がオリックスで仰木監督のもとで学んだのも、まさに同じことだった。1995年の震災の年、あの『仰木マジック』はセオリーをぶち破る采配の連続だった。でも選手たちは『この監督と、このチームで勝ちたい』という感情で燃え上がった。どんなに技術があっても、心が折れていたら何もできない。メジャーでも、日本一の時でも、選手が本当に輝くのは『この仲間と一緒にやりたい』という感情が爆発した時だ。松葉先生の言う『内側の火』こそが、本物の原動力なんだな」

■ 教育実習生が語った、過去の「硬直」
二人の熱い会話を、一言も漏らさず聞いていた若い教育実習生がいた。彼は原の言葉に深く頷き、自らの苦い記憶を川越に打ち明けた。
「……原先生のおっしゃる通りです。僕たちの現役時代、若いコーチが来て一生懸命教えてくれたことがありました。でも、その指導は『あれをしたらダメ』『これをしなきゃダメ』という、非常に厳しいものでした。

その結果、僕たちはグラウンドで完全に硬直してしまったんです。夏の大会、思わぬ大敗を喫しました。厳しく縛られることがどれほど辛いか、どれだけ体が動かなくなるか。理屈を押し付けられても、結果には何も繋がらなかった。身に沁みて分かります」
雨が降り続く丹波のグラウンドで、激怒していた川越の心に、原の言葉と実習生の過去の傷跡、そして松葉先生が体現した「人間の内側に火をつける」哲学がゆっくりと染み込んでいった。


理屈ではなく、感情に火をつけること。委縮させる厳しさではなく、心を解放する楽しさの先にこそ、奇跡の甲子園が待っている——。
負けて大激怒したこの雨の日の敗戦こそが、川越が指導する丹波の公立高校が「常識破りのチーム」へと生まれ変わる、本当の始まりの1ページになるのかもしれない。

川越は静かに拳を握り直した。プロの荒波をくぐり抜け、仰木監督の「マジック」を間近で見てきた男が、今、少数精鋭の少年たちと共に、丹波の地で新しい野球の形を創り上げようとしている。

雨はまだ降り続いていた。
しかし川越の目には、敗戦の悔しさだけではなく、
新しいチームの輪郭が確かに映っていた。
甲子園への道は遠い。
だが、その第一歩は勝利の日ではなく、
激しく敗れたこの雨の日から始まったのである。


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