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「ただ生きているだけ」に人は耐えられない(東浩紀氏@hazuma のスレッドより)

もちろん、例えば、虐待されている家庭にいるよりは楽です。

しかし、そういう明白なネガティヴ要因にさらされていない限りは、「飼い殺し」状態とは言えないでしょうか?

この状態で精神の健康を保つのは実は大変です。

「堕落」への容易な誘惑があるとは思いませんか?

「堕落」もせずに「おとなしい羊」ではいるということの、たいへんさ、「ストレス」は伝わりませんか?

少なくとも、お酒やたばこやギャンブル、パチンコ、ソシャゲやエロゲへの課金、衝動買い、風俗通いなどへの衝動が自然と生じる人も少なくないことは想像できませんか?

それをスポーツや庭いじりなどの「高尚な」形に置き換えることは実は簡単だと思われますか?

そうできない人は、「弱い」のでしょうか?

「善人」でありつつ「おとなしく」生きてるということは、その当事者にとっては、たいへんな精神的な節制があってはじめて可能です。

・・・これを一気に解決する「処方箋」は何だと思われますか?

実に多くの場合、 「働けばいい」ことに気づき、 「働き口がある」ということに気づくことそのものですね(笑)

こうしてはじめて、 「社会とのつながりの自然な回復」 となるわけです。

このへんは、ネイティヴ・アメリカンが、生まれついての自然の中での原始的な生計の生活環境から切り離され、「居留地」に押し込められ、年金等の生活保障が与えられたときに生じた「静かな退廃」についての貴重な文化人類学的フィールドワークに基づくドキュメントである、アイデンティティ論の生みの親、エリクソンの初期の古典的名著「幼児期と社会」(みすず書房)の叙述と、今の日本の福祉の恩恵を受けている人たちのおかれたメンタル・身体状況は、似たり寄ったりです。


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