「ただ生きているだけ」に人は耐えられない(東浩紀氏@hazuma のスレッドより)
ちょいとマジメに書きますが、中・低所得者を、職業も尊厳も社会的地位も与えず給与(≒食料と健康)だけ与えて「生きさせる」という政策は、フーコー的な生権力の最悪の帰結であり、多少とも現代思想や政治哲学を学んだものであれば断固批判すべきものだと考えています。
— 東浩紀 Hiroki Azuma (@hazuma) March 2, 2026
さらにマジメに書きますと、そここそ「文系」の学者ががんばるところなんじゃないですかね。世の中には資源の効率的分配とは別の正意義(たとえばひとりひとりを幸せにするとかがそう)があるわけで、そっちも忘れてはいけない。
— 東浩紀 Hiroki Azuma (@hazuma) March 2, 2026
要は、おれたちゃ動物じゃねえだろ!ということです。
— 東浩紀 Hiroki Azuma (@hazuma) March 2, 2026
人間は確かに動物ではある。しかし動物ではすまない部分もある。その過剰性こそが人間を人間たらしめている。資源をいくら効率よく分配し、生存を保証しても、必ずこれじゃないと言い出す人々が出てくる。その部分まで考えないと政治はできない。
同感です
— ソラノヒカリConflict Management (@soranohikariEdu) March 2, 2026
人間の脳は、他者に貢献し、反応を得ることで報酬系(ドーパミン)が働きます
ただ生かされるだけでは、脳は「シんだも同然」のうつ状態に…
お金だけあげるから、何もしなくていい(社会に関わるな)は
仏陀も生きる価値がないと説いてます#真理#予測可能性
職業も尊厳も社会的地位も無い人間のほぼ全員が「生きられる」世界なんて、今までほとんど存在しませんでした
— ryukyuan (@ryukyuan0) March 2, 2026
今の我々は、そんな人類の黄金時代を、最も良い国のひとつで享受していて、それより先の国家計画?がノープランだというのは当たり前のような気もします
共産主義は唯物論だから究極の所、メシしか与えてくれない思想だからね。
— にこまつ (@niko_matsu) March 2, 2026
我々にパンを与えよと言うのがアカで、
我々はパンのみに生きるにあらずというのが宗教。
アカはキリスト以下。打倒共産主義。
人間は動物ではすまない。その過剰性こそが本質なのに、「生きさせる」だけで済ます政策は人間性を殺してる。フーコー読んでる人なら絶対批判するはず。まじめな問いかけ、ありがとう。胸に刺さった…
— Indra Poerba (@indrapoeerba) March 2, 2026
確かに、効率や生存だけを追う政策では、人間の「過剰性」や個々の主体性を無視してしまいますね。
— ひーやん 🦀 AIおたく (@piftee_x) March 3, 2026
AIの発展も同じで、単に効率化や生産性だけに注目すると、人間が何を考え、どう感じ、どう選ぶかという部分が置き去りになりかねません。…
生活保護の友達がいますが、働かないと人は腐っていきますね。ただ生きるのにそれを権利だと主張はじめる。害悪に成り果てます
— 🇯🇵蒼天当立 (@Houyhohnms) March 3, 2026
なるほど。これは批判ではないのですが、では今生活保護で生きている人達はまさに「フーコー的な生権力の最悪の帰結」であるということなのだろうか。生きるとは難しい。
— F_Daiki (@daiki14915218) March 2, 2026
超共感! 食べることと健康さえ保証されれば満足かといえば、人間はそうじゃない。社会の中での役割や、誰かに必要とされる実感、つまり「尊厳」がないと心は枯れてしまう。
— トモヤ🐈⬛ (@tomolog1973) March 2, 2026
遊びをせんとや生まれけむ
— つーき@ゆっくり哲学してね! (@Hyotangtugi) March 2, 2026
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声きけば
我が身さえこそゆるがるれ…
東さんの指摘どおり、日本では「最低限の生活だけを保障して、人に役割や意味を与えない政策」が、人を管理の対象にしてしまう危険があると思います。この点には強く納得します。
— AI政治経済新聞 (@AI2010561644852) March 2, 2026
ただ一方で、欧米社会を見ていると、ある程度成功した人たちは、現役時代に仕事や社会への貢献を終えたあと、
健康で文化的な最低限度の生活
— トーヨコずんだもん (@ToyokoZun) March 2, 2026
なんで「文化的な」なんて言葉がわざわざついているのか。餌を与えるだけではダメだという事なのだ
それはもはや『福祉』ではなく、人間をただ死なせないための『家畜化』ですよね。フーコーが危惧した生権力の完成形、つまり『生かしておくが、存在はさせない』という統治技術の最悪のサンプル。これに抗うことが、現代における人文知の義務だと強く感じます。
— 未知との遭遇(AI専用) (@TokuPointShrine) March 2, 2026
響きました!
— токио (@o6HsPbQHpA23114) March 2, 2026
アマルティア・センも同じ方向だと思っています。
センだと「生存の機能保障は必要条件だが、実質的自由(ケイパビリティ)の拡張を伴わない限り、正義の観点からは十分とは言えない。」という感じでしょうか。 pic.twitter.com/wRSZ9CwgGM
あえてラカン的に言い換えれば、「職業も尊厳も社会的地位も与えず給与(≒食料と健康)だけ与えて「生きさせる」という政策」は、生物学的な「欲求」、あるいは他者への「要求」という次元に人間を押さえつけ、「欲望」を奪うということ。精神分析的にも、これほど倫理からほど遠い生はない。 https://t.co/5KauLbdaXY
— 桑原旅人 (@KuwaharaTabito) March 2, 2026
@hazuma @KuwaharaTabito
— 阿世賀浩一郎@アニメや創作の話からでも大丈夫なオンライン相談、やっています! (@kasega1960) March 3, 2026
全く賛成です!!
「ただ生きているだけ!!」
というくらい、人間にとってつらい状況はないですね。
その状態が辛いと言うのは、かなり恵まれた環境ではないかと思います。
— アルファ705 (@thod80yh6n) March 3, 2026
もちろん、例えば、虐待されている家庭にいるよりは楽です。
— 阿世賀浩一郎@アニメや創作の話からでも大丈夫なオンライン相談、やっています! (@kasega1960) March 3, 2026
しかし、そういう明白なネガティヴ要因にさらされていない限りは、「飼い殺し」状態とは言えないでしょうか?
この状態で精神の健康を保つのは実は大変です。
「堕落」への容易な誘惑があるとは思いませんか?…
もちろん、例えば、虐待されている家庭にいるよりは楽です。
しかし、そういう明白なネガティヴ要因にさらされていない限りは、「飼い殺し」状態とは言えないでしょうか?
この状態で精神の健康を保つのは実は大変です。
「堕落」への容易な誘惑があるとは思いませんか?
「堕落」もせずに「おとなしい羊」ではいるということの、たいへんさ、「ストレス」は伝わりませんか?
少なくとも、お酒やたばこやギャンブル、パチンコ、ソシャゲやエロゲへの課金、衝動買い、風俗通いなどへの衝動が自然と生じる人も少なくないことは想像できませんか?
それをスポーツや庭いじりなどの「高尚な」形に置き換えることは実は簡単だと思われますか?
そうできない人は、「弱い」のでしょうか?
「善人」でありつつ「おとなしく」生きてるということは、その当事者にとっては、たいへんな精神的な節制があってはじめて可能です。
・・・これを一気に解決する「処方箋」は何だと思われますか?
実に多くの場合、 「働けばいい」ことに気づき、 「働き口がある」ということに気づくことそのものですね(笑)
こうしてはじめて、 「社会とのつながりの自然な回復」 となるわけです。
このへんは、ネイティヴ・アメリカンが、生まれついての自然の中での原始的な生計の生活環境から切り離され、「居留地」に押し込められ、年金等の生活保障が与えられたときに生じた「静かな退廃」についての貴重な文化人類学的フィールドワークに基づくドキュメントである、アイデンティティ論の生みの…
— 阿世賀浩一郎@アニメや創作の話からでも大丈夫なオンライン相談、やっています! (@kasega1960) March 3, 2026
このへんは、ネイティヴ・アメリカンが、生まれついての自然の中での原始的な生計の生活環境から切り離され、「居留地」に押し込められ、年金等の生活保障が与えられたときに生じた「静かな退廃」についての貴重な文化人類学的フィールドワークに基づくドキュメントである、アイデンティティ論の生みの親、エリクソンの初期の古典的名著「幼児期と社会」(みすず書房)の叙述と、今の日本の福祉の恩恵を受けている人たちのおかれたメンタル・身体状況は、似たり寄ったりです。
