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ウマ娘の精神分析 第7章 ミホノブルボン-「マスター、ご命令を」・・・サイボーグと呼ばれるウマ娘


●実在馬 サラブレット オス 栗毛 1989 年 4 月 25 日-2017 年 2 月 22 日

北海道門別町の小規模の家族経営の牧場に生まれます。

高い種付け料が払えなかったため、優秀な子を輩出した親の別の子を、更 に親として配合して生まれたのがミホノブルボンです。

調教師となった戸山為夫は、安い馬を規則的に繰り返し走らせるスパルタ 教育で育成する信念の持ち主で、何頭か優秀な成績を収める馬も育てまし たが、反面、故障に陥る馬も多かったそうです。

そうした中で、特にお尻の筋肉がたくましかったミホノブルボンは、戸山 から熱い期待を受けます。

栗東トレーニングセンターに開設されたばかり の坂路コースで一日 4 本走らされました。

ミホノブルボンは、コース新記録となった新馬戦から連勝を続けて注目を 集め、当初短距離でしたが、中距離の皐月賞、そして日本ダービーも制覇 し、前年のトウカイテイオーに続いて史上 5 頭目の無敗のクラシック 2 冠馬となります。この時の 2 着がライスシャワーです。

続く GI でもライスシャワーを2着におさえます。

シンボリルドルフに続く無敗のクラシック3冠をかけた菊花賞は、長距離 でどこまで通用するのかを不安視する声も多かったのですが一番人気。し かしライスシャワーに 2 着で敗れます。

この後足の故障で療養しましたが、結局レース復帰かなわず引退します。 50 引退後は当初種馬になりますが、4,5頭種付けをしたところでそれも引 退、長い余生を送りました。

当時最新だった坂路施設で鍛えられた強靭な身体を持ち、機械のような正 確なペースで、高速の逃げ戦法で連勝することから、「坂路の申し子」 「サイボーグ」「栗毛の超特急」などと呼ばれました。

通算成績:8戦7勝1敗 2着1回
騎手はすべて小島貞博。

●ゲーム・アニメの声:長谷川育美


 栗色の長髪に虹色の目。精悍ですが無表情。機械のような話し方をします。 勝負服は、白地に蛍光色のピンクを配しスマートで SF チック。

小さな家の、元トレーナーだった父のもとに生まれました。

幼年期に父と SF アニメを観ていて、宇宙戦闘機のように速く走りたいと決心します。そ こで初めて、大人しかった彼女は自発的な「意志」を、頑固なまでに持つ ようになるのです。

普段無骨な父でしたが、珍しく笑顔になって、それからは2人の猛特訓が はじまります。 ミホノブルボンは最初からクラシック三冠を望んでいましたが、スタミナ がない、短距離向けであることをわかりつつも、娘の願いをかなえようと、 暖かいまなざしを送りつつもみっちり規則的なハードトレーニングで鍛え ます。

おかげで彼女は強靭な身体を持つようになりました。

しかし、トレセン学園入学後に専属契約を結んだベテラントレーナーは、 彼女を短距離向きと見なし、教育しようとします。

ミホノブルボンは長距離の菊花賞を含むクラシック三冠を希望し、何回も トレーナー(彼女は「マスター」と呼びます)にお願いしますが聞き入れ られません。

それでも彼女は、トレーナーに隠したまま、夜に厳格でハードな長距離向 け自主トレをしていました。

新人トレーナー(ゲームをする人)は、それ をみて、彼女があまりにデータ主義の正確さを追求していて、彼女の身体 の負担になり、倒れてはしまうのではないかと心配になります。

そこで彼女に声をかけ、彼女の希望に沿いながらも、無理のないスケジュ ールを組んで、秘密の特訓に付き合うこととなります。

それはベテラントレーナーにバレてしまいますが、実際菊花賞と同じ 3000 メートルを走らせてみて、彼女を新人トレーナーに譲ることにします。

*******

ミホノブルボンの話し方は、まるでコンピューターのセンサーで自分の身 体を測定して、指示を与えるような、非常にデジタルで平坦で機械じみた、 すべて数値化されたものです。

「エラー発生」
「『もう少し』とは、数値化するとどれだけの距離ですか」 「脈拍の数値、20%上昇。しかし 10 分後には正常な数値に復帰するもの と予測」

・・・そんなコンピューター用語満載です。

「感情」に関わるような、アナログ的な言葉の意味を理解できず、

「解析不能」
「データベースにはありません」

というような調子。

ただ、クラシック 3 冠をめざしたくなった時の自分の「意志」を、「憧 れ」にあたるものであるとは認識していました。これが彼女の唯一の感情 体験でした。

「父と二人きりでトレーニングに明け暮れていたので、両親から、入学し たら、『社会性の向上』をするようにオーダーされています。『友人との 交流』を作りなさいと」

ところが他のウマ娘に「なんとなく」声をかけられたりすると、

「その意味は何ですか。理解不能」


「『世間話』とはどういうことなのでしょうか? 意味のないことをする ことに意味があるのですね」

「エモーショナル(情緒的)な『扇動』メソッドは私の中にはありません」

それでも、例えばゲームとかで興奮させられるような刺激を受けたり、ト レーナーとの会話で、通常なら感情が揺らされるようなことを体験すると、

「胸の奥をくすぐられるような、表情筋が緩む感覚を確認」

などと、

「身体の感じ」の次元での変化については非常に敏感に察知し、的確に言語化 できます。

一見感情のない、サイボーグのようなミホノブルボンの言動に、私は非常 に繊細なものを感じました。

「ああ、この子、大丈夫だな。実はすでに十 分なデリカシーがある」

と。

*****

「失感情症(アレキシサイミア)」と呼ばれる人たちがいます。

正確に、勤勉に仕事をこなせるのですが、過剰な労働から生じる自分のス トレスを察知できず、それが身体の症状になるまで気づきません。

「精神科」ではなくて「心療内科」で扱うのですが、自分の情動や感情と いうものを察知し、感情を込めて表現する力に乏しいのです。

実は、更に、こうした人は「失体感症」であることも多いのです。

人間は、はっきりとした感情の動きに気づかなくて、そして、頭が痛いと か、肩がこるとか、はっきりした、強い身体症状の苦痛に悩まされなくて も、実は、身体の内側の、言葉にならない、曖昧で漠然とした、弱い、 「身体の感じ」を感じながら生きています。

それは自分を包む環境や、人との関わりの中で絶えず変化していて、実は その「感じ」そのものを無意識のうちに「測定」しながら行動をコントロ ールしています。

それは一定の「質感」「感触」「トーン」を持っている ものだということに、直接注意を向ければ気づきます。

ある意味で人間は、こうした身体の感じからの無意識の膨大なアナログな 情報にうずもれながら刻々とデータ処理して生活しているわけで、必ずしも「頭で」考えて「判断」して生きているわけではないのですね。

「言葉」での「思考」なんていうものは非常に上っ面での心の動きに過ぎませ ん。

このことに、まるで気づけないのが「失体感症」の人たちです。ストレス が、はっきりとした身体の痛みや、うつ病になってしまうまで行ってしま って、仕事や日常生活に支障出て、はじめて病院にあらわれます。

ところが身体の検査では「異常なし」と出ることも多いのです。

そうなったところで心療内科に回され、こころの治療薬を処方されたり、心理カウ ンセリングを受けることを勧められたりすることになります。

しかし、最初は、「感情」の次元でのことを、感情を乗せて表現しながら 全然語ってくれず、「事実」だけしか話しませんから、そういう人に慣れ ていないカウンセラーは結構苦労します。

自律訓練法や、私の専門とするフォーカシングが向いています。

ところが、ミホノブルボンの場合に戻れば、実は身体の「感じ」の変化へ のセンサーは、最初から驚くほどに発達しています。

ですから、無理をし過ぎて倒れる前に、行動の制御はできてしまいます。

そういう言葉にならない身体の感じから生じる、頭では理解できない身体 に生じる高ぶりや流れのようなものに、ミホノブルボンは感情としての 「名前をみつける」ことに慣れていないだけです。

つまり、ミホノブルボンは「失体感症」では全然なかった。

それに「名前をみつける」ことができるようになることには、多くの場合、 人との親密な交流の中でなじんでいくものです。

「そうか、これが『くやしさ』というもの『だった』のね」

というような 調子で。

ミホノブルボンは、トレーナーやライバルのライスシャワーとの交流の中 で、自分の身体の中に生じてくる、「わけのわからない」ものに、自分で 『名前をみつけて』行ける力を持っていました。

ミホノブルボンのストーリーは、この、彼女が自分の中に動き出した感情 に、彼女にとっては新鮮な「名前」を「発見」していくプロセスに立ち会 うことが、感動といっていいところがあります。

繰り返しますが、彼女は、物語が始まった時点から、非常に「繊細な」女 の子だったんですよ。

それを「身体測定」し、デジタルな、数値の変化で しか表現できなかっただけです。

不思議なことに、彼女は、最初から、トレーナーのことを気遣って、自分 からいろいろなことをしてあげることができる女性でした。

その背景には、 そうしたデリカシーがすでに「あった」からだと思います。 親自身は、すごく暖かい人ということもあったからでしょう。

ミホノブルボンは、何ともピュアーな女の子なんですよ。

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