我が子の成長に、決心が揺らいだ夜
はじめてのことを学んだとき。
今までできなかったことが、できるようになったとき。
分からなかったことが、分かるようになってきたとき。
人は誰でも嬉しいし、「もっとやりたい」と思うもの。
昨夜の息子は、
白紙の裏紙に、キリル文字で新しくならった言葉や、
お友だちや先生の名前を紙いっぱいに書いて、
「できるよ!!みてみて!!」
「ぼく、わかるんだよ!!」という喜びと自信に、あふれていました。
昨年9月から幼稚園の最終学年になって、
園では毎週キリル文字を1文字ずつ学んできました。
週末は宿題もあって、親子で格闘しながらやってきました。
何もわからないまま、セルビアのローカル幼稚園(もちろんセルビア語)に入った2歳半の長男。シャイで、内気で、繊細で。
なかなか言葉が上達しなくて、新しい場も、初対面の人も、すごく苦手でした。
そんな長男。昨年の夏ごろ(渡航満3年)を経たころから、
少しずつセルビア語の発話が上達し、自分から大きな声で友だちに話しかけたり、文字と言葉が結びついて、新しい語彙をたくさん獲得するようになりました。
表情も、活きいきしていることが増えたし、園以外の病院や警察署、タクシーの運転手さんとのやりとりも、セルビア語でできるようになりました。
言葉の理解が進んで、いろんなことが分かるようになって。
そんな自信と安心感も手伝って、習い事が始められるようになったのも、大きな変化でした。
「ぼく、日本語忘れちゃったし、日本でだいじょうぶかな~」
「セルビア語の方が分かるよ~」
習い事の先生には、
「僕が、家族の中で一番セルビア語が分かるんだ。」と言うぐらい。

一方で、私たち夫婦は、彼の進学について考えなければなりません。
あいにく、市内に十分なインターナショナルスクールはありませんでした。渡航後2年目から、先のことを見据えて学校探しはしていたものの、
今振り返ると十分ではなかったのだと思います。
「長男が1年生になる年には、母子で先に帰国しよう。」
ずっとそう思ってきました。
それでも、家族で暮らす大変さも良さも知ってしまった私たち。
子どもたちが、「母ちゃん、父ちゃん」と言ってくれる間は、家族で暮らしたい。そんな願いも常にありました。
いろいろ試行錯誤しながら、今年9月から、首都のインターへ進学することになりました。子どもたち自身も、「行きたい。」と言ってくれたから決めたことです。
でも。
それはつまり、やっと慣れたセルビア語環境から、

英語環境に身を置くということ。
彼の中で培ってきた自信を、
また新しい環境で、築きなおさなければいけないということ。
「ほんとうに、これでよかったのかな。」
「親のサポートが大変でも、みんなと公立校に行かせた方が、よかったかな」
昨夜は、無邪気に、誇らしげにキリル文字を書く息子の姿に、
親として今後の選択はこれでよかったのかなと、
何度も話し合って決めた決心が揺らいだ日でした。
幸い、インターにはセルビア人の子どもたちも一定数通っていて、
先生方もセルビア語を話される方もいらっしゃる。
おそらく、息子にとって「セルビア語が少しわかる」は、プラスに働くものと願っています。
私たちが、いつも前に進もうとするときに大切にしているのは、
「とりあえずやってみて、ダメだったら変えればいい。」
のこりわずかな園での生活も、親として最後までサポートしたいです。
