[あとがき] 多様性についてを物語にしたらこうなった
※ネタバレはないです
普段物語のあとがき的なものはあまり書かないのだけど、今回は思うことがあるので書きますね。
久しぶりにがっつり短編小説書きました。
『ジェームス・モルガンのゲーム』という物語です。
この物語の元ネタは、先日、沙々良まど夏さんとかっちーさんと対談させていただいた時に、沙々良まど夏さんから、「NHKの深夜枠のアニメの原作やるとしたらどんなお話?」という質問をもらって考えたものです。
この中で喋っているのでよかったら聞いてください。
ここでも言っていますが、現在の文明が崩壊し失われた未来、ずっとずっと未来の人間が、我々の文明のものを発掘して人間のことを知る…みたいな話を書きたいなとは思っていました。
そこにですよ。
note公式からこんなお題が出されました。
「多様性を考える」
これは、息子が生まれてからずっと考えてることです。
私の息子はダウン症です。
彼を通じて、これまで接点の持てなかった様々な人たちや、エピソードに出会うことができました。
息子が生まれる前から、私はわりとAll OKな思想を持っていて、何でも受け入れたい…受け入れているつもり…という考え方でした。
でも息子を通じて出会った事柄が、本当にこれまで知らなかったことばかりで、私は今まで何を見て生きてきたんだろう…って思うほどに凄まじい衝撃だったのです。
この世には本当に自分の知らないことが山ほどある。
そう、むしろ知らないことばかりなんだって気がついたのでした。
こんなに何も知らないくせに、何が「すべて受け入れる」だ…と私は過去の自分を恥じました。
そして、自分が間違っていたなと再認識できることもあったりして、胸が苦しくなったりもしました。
「多様性」と言うと、真っ先に思い浮かぶのが、人種、宗教、文化の違い、息子のように障がいを持った人たちや、コミュニケーションをとったり集団行動をするのが苦手なタイプの人、LGBTQなど性的マイノリティと言われる人たちのこと…などなどかなと思います。
社会全体の文化水準が上がって来ると、みんな心にも余裕ができるので、自分と異なっている人を知ったり、受け入れたりする範囲が広まるのかなと思います。
で、日本でも少しずつではあるけど、「みんな違ってみんな良い」の考え方が浸透してきたのかなと思える場面が多くなってきました。
noteで「多様性を考える」というテーマが出されるくらいですから。
しかしですよ。
「多様性」ということを考えるにあたって、必ずしも「みんな違ってみんな良い」ばかりではないのだ、ということを我々は忘れがちなのでは…と私は思ってしまうのです。
「多様性」の中には犯罪者も含まれますし、多様であることを否定するものも入るし、超絶的に、絶望的に差別的な考えだって入っちゃうし、それから、どうしても自分には受け入れられないものも、全て含まれるのです。
では、真の多様性を謳うには、自分の価値観としてNGなものも受け入れないとダメなのか?? と言うと、そうではないと私は思うのです。
全てを受け入れなければいけない、となると、そこには無理が生じます。
そのムリを押し付けられたりすれば、反動で、受け入れられないものは見ない、排除する…存在してはならん、という動きになちゃうのでは…と思います。
“弱い者たちが夕暮れさらに弱い者をたたく”
ブルーハーツの歌そのものなことがSNSやらなんやらで起きてはいないでしょうか。
人間たちは、多様性と言いつつも、自分の価値観や倫理観から逸脱したものを許容することがなかなかできまへん。
というかたぶんできないです。
私にだって絶対に許せないことはあるし、受け入れられない思想や嗜好があります。
なんだけど、この受けれられない対象が人によってすごく違っていて、え、それダメ??? ってなことになります。
反対に、自分的には絶対ダメと思っていたことを良しとする人だっているわけです。
ちょっと話が脱線しますが、昔通っていた英会話教室に、ものすごいガチガチの堅物の外国人の先生がいて、その先生と話してて、絶望的に考え方が違うなと思ったことがありました。
それは、「動物は自然のものだから道楽でペットにしたりするのは非道である」「イルカやクジラは牛などと違って知的な生き物だから食べるのは倫理的にNGである」などでした。
これについて、ここではとやかく言いませんが、何が正解ということはないんだと思います。
ただそこにあるのは価値観の違い。
価値観や倫理観は時代や文化によっても変わるし、個人個人でも違うわけですから、それで善悪を決めることはできません。
この世には、お互いを知ることによって理解し合えることもたくさんあるけど、自分の理解が到底及ばないもの、話し合っても何も分かち合えないこともたくさんあります。
寄り添ったり共存したり、歩み寄ったりできないことがたくさんある…。
例えば、例に出した英会話の先生は、生徒の一人が、「飼っている犬がガンになってしまって足を切断する手術をし、成功して元気になった」という話をしたら、ものすごく怒ってしまって「人間のエゴで犬の足を切断してはならない」とずっと説教をしていました。
生徒は生徒で「犬は家族だ。あなたは自分か家族が同じことになっても手術しないのか? するんだろう?」と怒ってしまいました。
お互い自分の価値観を押し付けあっているだけで、これは本当に終わりの見えない論争でした。
なんだか人類はずっとこれをやってる感じがしています。
多様性…それは、「この世に受け入れ難きこと有りと知る」なのではないでしょうかね。
うわ、めちゃ長くなってしまってけど、それを踏まえての『ジェームス・モルガンのゲーム』なんです。
ちなみに、多様性とは直接的には関係ないのですが、男性どうしの恋愛未満、友情以上的な、不思議な関係をちょっと書いてみたくて挑戦してみたりもしています。
読んでね☆
▼テーマ曲的な
