[小説] リサコのために|037|八、対峙 (4)
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ちょっと待ったぁぁああぁぁ!!!!!
世界が割れんばかりのボリューム最大の声がリビングに響き渡った。
「来た…」
オブシウスが呟くのが聞こえた。
ついに来たのだ。
ヤギと対峙するその時が。
全員がすっと立ち上がり、それぞれの装備を確認した。
マシュマロ君が不安そうな顔でリサコを見上げた。
「大丈夫。君はここで待ってて。前の時にみたいに。ヤギを斬ったら戻って来るから。」
リサコはそう言いながらマシュマロ君の頭を撫でた。
「行こう。」
オブシウスが言った。みんな頷き、ヤギの部屋へと続く廊下へと出た。
リサコもそれに続く。歩きながらヤギの恐怖を和らげるために特別に作ってもらった眼鏡とイヤホンを装着した。
リサコぉぉぉおおおおぉ!!!!!
ヤギの絶叫が続いていたが、イヤホンをしているので、いくらかマシに聞こえた。
それでも、これが本物のヤギの声なのだと思うと、ゾッとせざるを得なかった。
「わかった、行くよ!そっちに行くから、お願い、お願い黙って!」
リサコは決められた台詞を吐いた。これでしばらく声は止まる。
ヤギの部屋は前回リサコが来た時と同じような状況だった。
決められたフォーメーションで人間のチームがヤギの部屋に入った。
良介、オーフォ、エルのAI組は部屋に入らず、廊下で待機していた。
お前らぁ 誰だぁ?
ヤギが予定どおりの言葉を発した。
「もっと小さい声で喋ってくれる?」
オブシウスが言った。
誰だぁ?
ヤギがすくっと立ち上がるのが見えた。
「116だ。」
ヤギの動きを見ながらオブシウスが言った。
それと同時に全員が、攻撃パターン No.116 のフォーメーションに移動する。
タケルが、ヤギの右側に威嚇攻撃をする。
ヤギがそちらを見た瞬間にアイスが左側を攻撃。
そして、ヤギが口からこん棒のような舌を出してアイスを攻撃して…
No.116 はそうやって進むはずだった。
が、ヤギはそうしなかった。
代わりにヤギはオブシウスを攻撃してきた。
「パターンが変わった! 56か?」
タケルが叫ぶ。
その瞬間にヤギがタケルを攻撃してきた。
その場の全員が凍り付く。
こんなパターンはやってない!!!!!
タケルはかろうじてヤギの攻撃をかわし、後ろに下がった。
アイスがリサコの前に出る。
唐突にヤギが目を光らせ閃光の準備に入ったので、オブシウスが攻撃したが、ヤギは即座に閃光モードを解除してオブシウスを攻撃した。
ヤギの舌がまともにオブシウスの腕に当たる。
ヤギの舌に当たると、一定時間動けなくなることが解っている。
動きを封じられたオブシウスが苦しそうな顔をしている。
と、その瞬間。オブシウスの姿にノイズが走り、身体が点滅しはじめた。
「曜子!?」
タケルが叫びながら駆け寄るより早くオブシウスは消えてしまった。
その間にもヤギの攻撃が飛んでくる。
アイスが銃をぶっ放して、それを阻止する。
「ヤギが超変則パターンに入っている。俺のどの計算でもこんなのは出たことがない。」
いつの間にかリサコの隣に来ていた良介が言った。
≪良介! 部長が強制ログアウトした。そっちで何が起こっている!?≫
ガイスの声が全員の耳に響き渡った。
「ヤギが超変則パターンに入った。勝てるかわからない。」
良介がヤギに攻撃を加えながら冷静な声でガイスに言った。
タケルが一度後方に下がる。
「ガイス、曜子は無事か?」
≪タケルさん。部長は無事です。ただ、再ログインができません。≫
≪タケル、私は大丈夫。本名で呼ばないで。みんなもヤギの舌に当たると叩き出されるかも。できる限りのことをやって。無理そうだったら、リサコの安全が最優先。逃げなさい。≫
オブシウスの声がした。
彼女の無事を知って全員が安堵した。
「了解!」
愛する人の無事を確認できると、タケルは冷静さを取り戻した。
「一旦廊下まで下がって立て直そう。」
全員が素早い動きで廊下に引き返した。
ところがそれよりも早くヤギが動いた。
不意を打たれて、アイスがヤギの舌に当たってしまった。
「くそっ…。」
アイスは悔しそうに、体を動かそうともがいていたが無理だった。
「これクソ痛いぞ。みんなも気をつけ…」
そしてアイスもログアウトしてしまった。
その間にタケル、リサコ、良介は廊下まで退避した。
ヤギは廊下までは攻撃できない様子で、ゆっくりと腰を下ろすと、お”おお”おおぉぉぉお”お~!!!というこの世のものとは思えない雄たけびを上げ、そして黙った。
「何だあいつ? あんなだったか?」
一度本物のヤギの対応をしたことがあるタケルが言った。
「何かおかしい。こちらが感知していなかった未知のプログラムが発動している可能性がある。でもやるしかない。」
その言葉にタケルは頷いた。
「オーフォはアイスの位置を頼む。次に誰かやられたらエル、すぐ出て来てくれ。」
「わかった。」
「ちょっと待って。あなたたちAIがあの舌にやられたらどうなるの?」
リサコは急に恐ろしくなって言った。
「わからない。消えるかもしれない。」
良介が冷静な声で言った。
良介たちAIは、時間がなくてバックアップを取ってきてないことをリサコは知っていた。
リサコの表情が恐怖に支配されていくのを良介は感じ取ったようだ。
ガタガタ震え始めたリサコの肩に手を置き、良介は一瞬何かを考えた様子を見せてから、そっとリサコに口づけをした。
リサコは驚いて体を離そうとしたが、良介の腕はそれを許さなかった。
良介の唇がリサコの唇にしっかりと押し付けられていた。
「お、おい…」
とタケルが横で言っているのが聞こえた。
この良介の行動に動揺しているのは、人間のタケルとリサコだけであるようだった。
良介の口から何かが入って来るのが感じられた。
ビー玉くらいの大きさの丸いものだった。
良介は舌でそれをリサコの口の中へ完全に押し入れると、やっと離れてくれた。
リサコが口の中に入れらたものを出そうとすると、良介がそれを優しく止めた。
「飲み込んで。それは俺のデータ核のコピーだ。」
リサコは口に入ったものを飲み込んだが、何も変化は感じられなかった。
「リサコには何も改ざんができないんだけど、前に口をつけたときに、そこからデータのやりとりができることが解ったんだ。」
タケルがじっとリサコを見てきたので、リサコはブンブンと首を横に振った。
良介はおかまいなしに続ける。
「無駄かもしれないけど、渡しておくよ。俺が消えたとしても、それがあれば再構築できるはずだ。そしたらオーフォとエルも復活できるから。」
リサコは無言で頷いた。
「よし、じゃあ、リトライ、行くぞ。」
タケルが言い、先頭でヤギの部屋に入った。
部屋に入ると、ヤギはいきなり攻撃してきた。
タケルを狙ったものだったが、オーフォが咄嗟に動いて弾き飛ばした。
その隙にリサコがヤギの首を狙ったが弾き飛ばされてしまった。
「リサコ、焦るな。斬れるタイミングを見ろ。」
良介が冷静に言う。
「来るぞ。」
鋭い舌の攻撃が飛んできた。
タケルがその剣で受けた…はずだったが、あり得ないことに、舌が直前で急角度に曲がり、コの字型になってタケルを攻撃した。
これはさすがの彼も避け切れず、当たってしまった。
「くそ…」
鬼のような形相をしながら、タケルが消えて行った。
≪良介!! 一旦退散!!!≫
オブシウスの悲鳴にも近い声が響いた。
これには全員がすぐさま反応し、廊下に向かって走りはじめた。
リサコぉぉぉおおおおぉ!!!!!
ヤギが吠えた。
それと同時に、封印が施されているはずの床からピンク色の光の柱が何本も立ち始めた。
「何これ!?」
「解らない!」
良介もオーフォもリサコも必死に廊下に向かって走った。
前回のテストでヤギを斬った際に、おぞましい返り血を浴びて死に物狂いでここから脱出した時のことが嫌でも思い出された。
すべてがスローモーションで動いていた。
これで自分の体だけ早く動ければ申し分ないのだが、自分も同じようにスローモーションだった。
エルが廊下から手を伸ばしているのが見えた。
オーフォと良介が横を走っていく。
床からはピンクの光の柱。
そして、全てがまばゆいピンクの光に覆われた。
気が付くと、リサコは床に転がっていた。
ピンクの光はなくなっている。
ヤギが おおおおおぉぉおぉぉお と雄たけびを上げている。
これがさっきの「リサコぉぉぉおおおおぉ!」の続きであるならば、まだ数秒しか経っていないことになる。
周りを見ると、良介もオーフォもエルも姿が見えなかった。
「オーフォ!? エル!? 良介!!!???」
リサコは素早い動作で部屋の中を見回したが、やはり彼らの姿は見えなかった。
みんな、消したよぉぉ!! 邪魔だったからねぇ!!!
やっと二人になれたねぇえええぇぇ!!!
ヤギの声が響いた。
振り返ると、閃光を発動する少し手前の素振りを見せている。
リサコは装着していた眼鏡とイヤホンを取って床に捨てた。
「ガーーーーイスッ!!!!!!」
リサコはこんな時に最も消えてほしくない人の名前を叫んだが、返事はなかった。
そして、リサコは仲間たちと完全に切り離されたことを悟った。
「良介ぇぇぇぇえぇぇ!!!」
リサコは泣き叫んだが、彼女の声はむなしく響くだけだった。
ヤギを見ると、閃光発動モードに入る直前の体制になっているのが見えた。
今!!!!!
今斬らないと間に合わない。
リサコは床を思い切り蹴って、ヤギの足元へ飛び、迷わずスパ―――ンンとその首を斬った。
そして、その刀を返す動きで、ヤギの本体である足元の日本人形の首も切り捨てた。
その瞬間に、二つの化け物の切り取られた首からブシュ―――と血が噴き出して来た。
テストの時にこの血を浴びて散々な想いをしたので、リサコは後ろに飛んで血をよけた。
斬った!!!!????
リサコは茫然とたった今斬り捨てたヤギを見下ろした。
首から血を吹きだしている。
斬ったらどうなるんだっけ??
この後のことを何も聞いていなかったことを思い出した。
まさか、誰もいなくなると思ってもいなかったのだ。
「ガイス!!!?? 私斬ったよ!!?? みんな無事なの?」
返事はなかった。
ガイスたちがいるガルシアセンターは現在クーデータによる軍事攻撃を受けている。
ヤギは斬れたけど、あっちがどうにかなってしまったかもしれない。
リサコがいるこのサーバの電源を消されたりしたら、みんなどうなっちゃうのだろうか???
リサコがこうして存在しているということは、まだ電源は落ちていないということだろうか?
リサコがそんなようなことをぼんやり考えていると、唐突にヤギの背後にあった壁の真ん中に亀裂が入り、ガガガガガガガガガガと凄まじい音を立てながら左右に開いて行った。
壁の向こうは白い光が溢れていて、とても直視できないほど眩しかった。
リサコが目をしかめていると、向こう側から何か大きなものがせり出して来ているのが見えた。
逆光になっていて最初はよく見えなかったが、その姿がはっきりしてくるにつれ、全身の血液が地面に吸われて行くような感覚をリサコを覚えた。
開いた壁の向こうから、神々しい光に包まれて登場したのは、なんと元の奴の3倍の大きさはあるかと思われるほど巨大な、第二のヤギだったのだ。
リサコはあんぐりと口を開けて、この第二のヤギの登場を見上げた。
リサコぉぉぉおおおおぉ!!!!!
登場するや否や、ヤギが信じられないほどのバカでかい声で吠えた。
元のヤギとは比べ物にならないほど大きな声だ。
声の圧力でリサコは後方に吹っ飛んでしまった。
吹っ飛びながらリサコは思った。
無理だ…。
あんなのとこれから戦うなんて無理だ…。
リサコはクタクタでボロボロだった。
仲間もみんな消えてしまった。
良介がいない。
なんだかもうどうでもいい感じがしてきた。
こうなったら、いっそのこと、≪ヤギの夢≫に取り込まれた方が楽な気がしてきた。
あの夢に取り込まれて、そして死ねばいいのかもしれない…。
そんな思いがリサコの心を支配しかけた矢先…新たな声が部屋に響いて来た。
「はい、おしまいでーす!」
それは、この状況には不釣り合いなほど呑気な声だった。
顔を上げると、信じがたいものが目に入って来た。
第二のヤギが出てきた壁の向こうから、2人の何とも奇妙な人物が歩いて出てきたのだ。
彼らは身長が3メートルもあろうかという巨人だった。
おかっぱ頭の男女で、顔がそっくりなので、もしかしたら双子なのかもしれない。
何の変哲もない、白いシャツにグレーのズボンをはいている。
「ちょと、八木澤さん、やりすぎですよ。ムネーモシュネーを引っ込めてください。」
双子の巨人は第二のヤギに向かって話しているようで、こちらには背を向けていた。
ヤギはさっきまでやる気満々な顔をしてが、今は無表情になっている。
「聞いてるんですか? やりすぎです。ここは深層心理の最下層ですよ。ここに介入するのは危険すぎます。」
双子がちらっとリサコの方を見た。
どこかで見たような顔だと思ったが、思い出せなかった。
「ほら、リサコが完全武装しちゃったじゃないですか。逆効果なんですよ。一旦終了してください。」
双子がヤギに向かって下がるように仕草で伝えると、ヤギは無表情のまま、ズズズズズズズと出てきた壁の向こう側へと消えて行った。
いつの間にか壁の向こうの光は消えていて、真っ暗だった。
ヤギが消えると、双子がリサコの方へ振り返った。
そして、女の方がこう言った。
「リサコ。そろそろ出てくるころだけど。私達と一緒に来る?」
リサコは何が起こったのか全く理解できずに、茫然と双子を見返した。
これまでにも散々おかしなことは起きてきたが、これは最上級だった。
だがしかし、リサコにはひとつだけ解ったことがあった。
彼ら…この双子が、いわゆる ≪体系≫ ってやつなのではないか。
(つづく)
[小説] リサコのために|038|八、対峙 (5) →
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