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【名画の詩集】女身(にょしん)~ゴッホ「悲しみ」より~

逃げ出したかった時に
飛び立てる翼を持っていなかった

獲物を狩る 逞しい腕も無くて

ただ 天から降り注ぐ雨水に頼り
与えられる陽の光をちょっぴり貰って
ガチガチの大地に無理やり根を張る
あの瘦せこけた木みたいだ 私は

この身を守るものは何も持っていない
この腹に命が宿ろうとも
私は独りだ

他の存在ものになれるのだろうか?
ここから
顔を上げて歩き出せたなら

道端の花たちは
裸足の私に微笑みかけてくれるのだろうか

生きて行くために必要だった乳房が
今 重たく垂れ下がっている


Vincent Willem van Gogh- Sorrow1882年
フィンセント・ファン・ゴッホ『悲しみ』
(著作権フリーの画像を掲載しています)


リトグラフ(石版画)

版画の技法のひとつ。
平らな石の表面に、油性クレヨンで絵を描く。
それにアラビアゴムや硝酸などを塗布して加工。すると、それがそのまま版画を刷るための「原版」になるってわけ。

この技法が発明される前は、板を彫刻刀で彫って原版を作っていた。

いや、こっちの方が早いよ。工賃も安い。
さらに、これだと画家の生の筆致を再現することができるじゃないか。
そして、いったん版を作ってしまえば、量産が可能だ。しかも安価で売ることができる。

19世紀に登場したリトグラフは、当時の社会に革命をもたらしました。
特権階級が楽しむ、一点ものだった「絵」。それを広く庶民の手にまで届くものにしたのです。

さらに、その技術が浸透するにつれて、挿絵の入った雑誌や本、新聞などが出回るようになる。
労働者階級には、字が読めない人も多かった時代。
ぱっと見て分かる「イラスト」の力は、絶大だった。

これよりも4世紀ほど前に発明されたグーテンベルクの「活版印刷」も、世界をがらりと変えたものだった。
いわば「字の力」が庶民レベルに届くようになったわけ。
でも、識字率の壁が阻んだ。字を読めない人には届きようがない。

しかし、このリトグラフの発明は、さらに世界を変えてのけた。
絵の力」が、その壁を越えて、情報や真実を無筆の人々にまで届けたのです。

イラストレイテッド・ロンドン・ニュース
(The Illustrated London News)

1842年にロンドンで創刊された
世界初のイラスト入り週刊新聞
【この画像は、AI(Gemini)で再現したものです】

中央上部:
当時のスター、ヴィクトリア女王とアルバート公。王室の動静や最新ファッションは、大衆にとって最大の憧れでした。

中段左:
産業革命の象徴である最新鋭の蒸気機関車。技術革新がもたらした「スピードの時代」の幕開けを伝えています。

中段中央:
整然と機械が並ぶ近代工場。工業化が加速する一方で、過酷な労働環境という社会課題も浮き彫りになりました。

中段右:
遥か彼方の異国の風景。交通網の発達に伴い、一般市民にとっても「まだ見ぬ遠い世界」や「大自然への憧れ」が身近な関心事となっていました。

下段:
紳士淑女の華やかさと貧困が同居するロンドンの街角。モデルのシーンが実際に立ち尽くしていた、19世紀のリアルな路上風景です。

Geminiさんの説明


この絵のモデルとなったのは、シーンという名の女性。
身重の体でありながら、幼い子供を抱え、生きるために街に立つ娼婦

街角で彼女に出会ったゴッホは、自分のアトリエに迎え入れ、同棲生活を始めます。
「見捨てられた女を救うんだ」
かつては牧師になる夢を持っていたゴッホ。
キリスト教的な慈愛の精神から?
それも勿論あっただろうけど、自分の孤独を埋めたかったのかもなあ。

ゴッホは、シーンを描いたこの作品を、あえてリトグラフで制作しました。
これなら安く大量に作ることができる。
自分と同じように孤独で、苦しんでいる労働者たちの家の壁に飾ってほしい。
この絵を見れば、「自分たちの苦しみを知っている者がいる」と救いを感じるはずだ。
そう、これは「絵による聖書」なんだ。

結果として、ゴッホの崇高な目論見は全く果たされませんでした。

そうだよね。貧しい人々は、まずパンを買うよ。
お金に余裕が出来たって、こんな身につまされる絵なんて買って飾りたくないよ。
もっと綺麗で現実逃避できる絵がいいよね。異国の風景とか、神々しい聖母マリアとか……。
マーケットリサーチはしっかりしようね、ゴッホ。

結局、彼女を養うこともできず、生活は破綻。二人は別れます。
ゴッホは、報われない孤独の中を歩み続けることになります。

シーンは?
当時、身寄りのない女性が一人で食べていくことは、ほぼ不可能でした。
働ける職種は限られ、賃金は安い。
女性は男性(夫や父親)に養われる。その前提で社会が出来上がっていたから。
貧しさで身を売るしかなくなった女性が、街に溢れようとも。
支配層の人々は「不道徳だ」と誹るだけで、何も対策を立てようとはしなかった──。

シーンは、後に自ら命を絶ちました。

救いようのないバッドエンディングです。

でも、ゴッホの願いは、後世には届いているんじゃないかな。

この絵に描かれているのは、一人の女性の姿。
でも、この中には、同じような末路を辿った不幸な女性が刷り込まれている。そう、膨大な人数の……。

私は共感する。
「自分ではどうしようもないの」
この絵から、悲しみの声が聞こえてくる。

自分で努力する。頑張る。もちろん、それが一番大事。
だけど。今、歩き出そうとする人に、私は明るい声でエールを送りたいと思っている。


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