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最初に出会ったロマンチストは、父だったのかも知れない | 水屋の独り言



子どもの頃、私はよく熱を出して家でひとり過ごしていた。
陽だまりを探しながら、
お気に入りの本を持って静かな場所を見つける。
父の書斎で、触れてはいけない万年筆に
そっと手をのばしたあの感触。


知性に惹かれるようになったのは、
大人になってからのこと。
冷静で誠実で、どこか夢見がちな人たち。
ふと気づく。


最初に出会ったロマンチストは
ーー 父だったのかもしれない。




※水屋(みずや)とは、
茶室のすぐ裏にある控えの場所のこと。
道具を整えたり、心を整えたりする場所でもあります。
この小さな「水屋の独り言」は、
そんな裏方のような場所で生まれる、
私のつぶやきです。




子どもの頃、私はよく熱を出して家でひとり過ごしていた。

扁桃腺が肥大していて、風邪を引くたびに高熱が出る。
大事な行事や遠足のたびに体調を崩すので、
だんだんと「自分はそういう子なのだ」と思うようになった。



親はまだ若く、子どもの体調不良で自分たちの予定を
大きく変えることを避けていたように思う。
今になってみれば、それでよかったのだと思う。
過保護に囲まれるよりも、
私は自分の世界との静かな接点を持てたのだから。



私はよく陽だまりの中で本を読んでいた。
家中の窓際を歩いては、
いちばんあたたかい場所を見つけて、
好きな本を抱えてそこで過ごした。
あの頃、世界はとても静かで、広くて、
私のまわりだけ時間がゆっくり流れていたように思う。




時には、父の書斎に足を踏み入れた。
そこは「触れてはいけない」空間だったけれど、
だからこそ惹かれた。
万年筆やボールペン、カメラのレンズ。
写真家だった父が並べていた道具たちは、
光と影を映す宝物のように見えた。



高校に上がる頃には、心理学を学びたいと思っていた。
けれど、数学の成績は壊滅的。
このままでは推薦も難しいと気づいたとき、
お茶のお稽古に来ていた年上の方が
家庭教師をしてくださることになった。



これがなかなかのスパルタで。
でも、その厳しさが私には合っていたのだと思う。
みるみるうちに成績が上がり、
気がつけば数学は大好きな教科になっていた。
高3になる頃には、選択科目を数学で埋め尽くし、
友人たちに呆れられるほどだった。



大学では心理学を専攻し、しっかりと統計の授業も受けた。
実験も繰り返し行った。
大学院に進むとトレーニングもすすみ、
データを冷静に見つめ、感情を排して分析し、
それでもなお何かを伝えようとする——
そうした姿勢に、私は自然と惹かれるようになっていた。



大人になってから気づいた。
私は「冷静で誠実なロマンチスト」に心を寄せる。
石井裕先生の話を聞いたとき、
成田悠輔先生の視点に触れたとき、
その言葉たちの奥に、
どこか夢を見るような眼差しがあることに気づいて、
静かに感動した。




現実を直視しながら、なおも希望を失わない人。
データを偽らないように、自分の気持ちも偽らない人。



その誠実さゆえに、
その鋭さに周囲が傷つくこともあるかも知れない。
でも私はそういう人のことが気になるのだ。




そして、ある日ふと思った。

この感覚は、どこかで知っている。
……ああ、と思った。
最初に出会ったロマンチストは、父だったのだ、と。



父に似ている、と言われるのが嫌だった時期がある。
母や弟が私のことをそう言うとき、
どこかに軽蔑のような、
距離をとるような響きを感じてしまっていたから。
父をまっすぐに肯定するのは、
どこか危うく感じられたのかもしれない。




けれど、noteを続けて数年が経ったある日、
ふと気づいた。
写真を撮るとき、
私は無意識にカメラを通して見えるものを整理している。
「この葉は要らないな」
「あの影はちょっと邪魔かも」
構図の中から要素を引き算して、
何枚も撮って、たった一枚を選ぶ。



……これは、父がしていたことだ。



言葉にせずとも、見ていた。
見ていたから、
私の中にその手つきが、
目線が、
息づいていた。



紫陽花の咲く頃に父の命日がやってきます。
あれから何年経ったのでしょう。
もう、父の背中はありません。
でも、そのかけらはあちこちに残っています。
世界をどう見るか、どこを美しいと感じるか。
その感覚のどこかに、
たしかに父の気配が宿っている気がするのです。



父の形見のカメラ。でも使い方は全くわからないのです。


父に似ていると言われたことが、あの頃は嫌だった。
でも今は、



「似ている」のではなく、
「引き継いだ」のかも知れない、そんな気がしています。




今日も最後までお読みくださりありがとうございました。



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光森ちづこ | 表千家教授・仏語翻訳家 最後まで読んでいただきありがとうございます。 よかったらまた遊びに来てくださいね。 スキやフォローしていただけたらとても嬉しいです。 頂いたサポートで良い記事を書いていきたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。