映画『夢と創造の果てに ジョン・レノン最後の詩』
故人について、映画制作時に存命の人がしゃべる、という欧米のドキュメンタリーによくあるスタイル。期待が大きかっただけに、うーん。まあまあかな。とにかく出て来る人がよくしゃべる。しゃべる量が多いので、セリフの字幕を追い切れない。しかも、語り手の名前と肩書きの字幕は、英語では出るが和訳が出ない。だからこの人誰?と思う人が延々としゃべっていることになる。当時の有名人でも、今はそこそこの年齢で、見た目も変わっているだろう。毎回その人が話す度に名前を出してもいいぐらいだ。
内容もちょっとくどかった。まあ、積年のジョン・レノンファンとして、見る目が厳しいんだが。
以下はネタバレありです。ご注意を。
オノ・ヨーコに対して辛口なのは良かった。ヨーコが拒絶されたのは日本人だから、みたいな言い方をしている人もいたが、オノ・ヨーコだからだ、と思いたい。
ヨーコはジョンに近づく前にポールにも近づこうとしていたらしい。パトロンを探していたのだ。ビートルズ末期か解散後、ポールやミック・ジャガーがジョンを、訪ねて来た時もヨーコが会わせなかったという逸話もあった。しょっちゅう電話番号を変えていたとか。
登場人物はほとんど欧米系の男性で、アジア系女性への固定した視線を感じた。メイ・パンの写真もあまり写りのいいものではなかった。もっときれいなのにな。
メイと一緒にいた頃、ポールから『ヴィーナス・アンド・マース』への参加を呼びかけられ、ジョンはその気になっていたらしい。初めて聞くエピソードだった。しかし、ジョンがヨーコの元に戻ってその話は流れたとのこと。
ジョンは、ポールの「カミング・アップ」やジュリアンの持って来た2枚のクラッシュのアルバムに影響を受けたらしい。これも初耳。
「ダブル・ファンタジー」への評価も辛口だった。元ビートルが5年ぶりに出したのにコレかって。まあ、それも一理ある。ジョンは自分の曲だけでアルバムを作りたがったが、ヨーコが強硬に自分の曲を入れるよう主張したとか。当時もこの構成は不評だったと記憶する。
ジョンが撃たれたあと、ポールが「シンプルな話なんだ、ジョンはまだ僕を愛してるんだろうか」と登場人物の(誰か分からないが)ジャーナリストに聞いたことや、最近の映像でポールが「We can end the gun violence.」と書いたシャツを着ていたことには、ちょっとホロっとした。
2025.12.30.
