見出し画像

#256 6月だよ。TOKYO PRIDE 2025

タムー!
生きてるー?
暑かったねぇ。

明日はいよいよTOKYO PRIDE2025ステージがあるよ。
明後日は、パレード。
安全に、安心して参加できるお祭りになることを願っているよ。

どんなセクシャリティの人も否定されない、
お互いを尊重し合える国、地球になることを願っているよ。少なくとも、私はそうやって行動していきたい。

外見上わかりにくい障害、障害と認定されていなくても自分と相手が違うこと、外見上多くの人と違うように見えても本人のとらえ方や主張は様々であること、自分の予想と違うこともあると思う。

現実や実際に対面した人たちが、自分が知っていたり、調べたり、見たり、聞いたりしたことと違うことがあっても、それを否定したり、拒否したりしないでそのままを受け止めることを目指したい。

かといって、自分だけが我慢することなく、嫌なことは嫌と表明すること、その場から去ること、深追いしないことも気をつけたい。

また、本人の同意無しに肖像権その他権利を侵さないこと、侵させないこと。

情報の取り扱いに細心の注意を払い、行動一つ一つ慎重にすること。

無理やりわかってくれとは言わないが、
居ないものとされる時代は終わった。
既に我々は共にいる。
事情は様々。
それをすべての人に伝える必要はない。
質問者がいたら
その質問をそっくりそのままお返しすること。それをまず、お試しいただきたい。
なぜ、少数者だからという理由だけで見下されたり、心ない言葉や、問いに答えねばならないのか。私は強い憤りを隠して生きてきた。
憤ってよかったのだ。
隠す必要はなかった。
それは、後悔している。瞬発力が足らなかった。
その言葉は良くない。
失礼な質問だ。
訂正してくれ。
謝ってほしい。

ひどい目に遭っても、
そんなことは一度も言えなかった。

ふざけたり、からかったり、興味本位で関わらないでほしい。

信用するとかしないとかの話ではなく、なぜ、そのことを知らせる必要があるのか。
本当に必要な情報なのか。立場は対等か?

平気そうにしていても、泣いている人は多い。
その点はマジョリティにはわからない。
マジョリティのなかにも、さまざまな事情があると思う。ある視点でみたら、その人もマイノリティかもしれない。

人はみなそれぞれ。
みんな違う。
社会に出るときは擬態してる、または、そう見えるようにしている。自分の領域を侵されたくないからね。

セクシャリティに関することを取り立てて
タブー視するのはもうおしまい。
それぞれ異なる文化がある。

私は、未来の大人たち、今の子どもたち、これから生まれてくる子どもたちに顔向けできないことはしたくない。

だから、私は私のできることを精一杯やりたい。そう思っている。

おしまい。
ハッピーPRIDE。
良き日々になりますように、6月。
サンキュー!


いいなと思ったら応援しよう!