おちたふたり〜Episode0
たかおと、おれと。
深い穴の中にいる。
たかおは明日には出られる、といって冷静だが、おれは気が気ではない。
なぜならたかおはムダに整った顔立ちをしており、なるべく隣にはいかないようにしていた人物だったから。
軍の将校養成学校。
くる日もくる日も見えるのは男。
故郷に残してきた幼馴染の女子の顔が霞んでしまうインパクト。
とくにこの男はわかっているのだろうか。
きづけば、たかおは右足首のあたりをしきりに気にしている。編上靴の上から。
「挫いたのか?」
「いや……」
「脱いでみろ、それ」
窮屈な中で身を捩る。
肩が触れ合って、言うんじゃなかったと後悔した。
靴を横倒しにしてその上に足を置いた。厚手の靴下をするすると下げる。手指と同じく、ほっそりと形の良い足先までが露わになるとなんだか見てはいけないものを見ている気分になった。
「……腫れはないようだな」
「……ああ」
確かめるように、たかおは両てのひらでさすって一点で止めた。
ゆっくりと足首を回す。
「痛むか?」
「……多少だが」
思い出した。
落ちた時に、何かを敷いた感覚。
「悪い」
「なんだ?」
「おれが乗ったからだろう」
「まぁ……一瞬だったが」
「それでも、おれのほうが体格がいいし」
たかおはちょっと笑った。
「何がおかしい」
「仔鹿あつかいか」
「そんなわけあるか」
「そんなに軟じゃない」
「だが……」
「心配は無用だ。お前の弟分に恨まれたら面倒だしな」
それはない、と言おうとして口を噤んだ。 あいつは妙に嫉妬深い。可愛いやつではあるのだが。
たかおが足元を調える仕種を見つめていたら、不意に鼻のてっぺんの冷たさを意識した。
空を仰ぐ。
師走の空気がひんやりひしひしと顔面に降りてきた。
「なんで誰もこないんだ」
「みんな自分のことに必死だ。あわてなくとも、ここで夜を明かすくらい訳ないだろう。月明かりも美しいかもしれん」
なんて、呑気なことを言いやがる。
「それにしても格好がつかない。演習中に、こんなわからん狸穴に落ちるなど」
「それならおれたちは貉だな」
「貉?」
「狸は貉の掘った穴を使うんだ」
「どっちにしろ格好悪いのに変わりないだろう」
「いや、貉はけっこう可愛いぞ」
妙にじっと見つめられ、視線をそらした。
「……意味わからん」
「まあもうじきに陽が落ちる。下手に足掻くと体力を失う」
月が真上に登った。
やはり誰もこなかった。
たかおが水筒を取り出す。やわらかい光の中で丁寧な所作が映えた。
そういえばのどが渇いた。落ちた拍子に脇に転がった自分の水筒を掴んだが、中身は飲み干した記憶があった。
「ないのか?」
「……いや」
「まだたくさんあるぞ」
「すまん」
水を喉に流し込むと、この上なく冷えていた。
「無駄に動かず、朝を待とう。幸いマントもある……」
そう言って肩を寄せつつマントに包まる。
吐く息は白い。
……
……
「……胸が早いな。怖いのか?」
たかおがふと顔をあげた。
「そんなわけあるか」
「それに熱い。熱がありそうだ」
「マントのせいだ。おまえは無いのか?」
そんなこと言って目を閉じる。
「平熱だ」
「……問答無用」
おれは閉じた目を絶対に開けなかった。
たかおの長いまつ毛を、見つめられる自信がなかったから。
もしやこれは、新手の訓練か?
(終)
