なぜ私は「ちょうどいいパパ」を書き続けるのか。 ー 家族・夫婦・子育てを『切り取り方』で言語化する理由 ー |パパの子育て|主夫|これからの展望|振り返りnote|noteを書く理由|
「良いパパって、何だろう」
子どもが生まれてから、何度も考えてきました。
仕事を頑張ること。
家事や育児を手伝うこと。
子どもとしっかり向き合うこと。
どれも大切だと思います。
でも、続けるうちに違和感もありました。
世の中には、
『理想の父親像』が多すぎる気がしたんです。
育児を完璧にこなす父親。
仕事も家庭も100点の父親。
家族を最優先できる父親。
もちろん素敵です。
でも現実は、そんなに綺麗じゃない。
疲れる日もある。
余裕がない日もある。
イライラする日もある。
家族とすれ違う日もある。
それでも、家族は続いていく。
だから私は、
「家族にとってちょうどいいパパ」
という考え方にたどり着きました。
完璧じゃなくていい。
でも、何もしないわけでもない。
頑張りすぎない。
でも、ちゃんと向き合う。
家庭ごとに違う
『ちょうどいい』を探し続けること。
それが、私の考える父親の在り方です。
父親の悩みは、まだ言語化されきっていない
母親目線の育児発信は増えました。
夫婦関係の発信も増えました。
でも、
父親が抱える
家庭での立ち位置
夫婦間の距離感
子どもとの関わり方
仕事との両立
感情との向き合い方
こうした『言葉にしづらい悩み』は、
まだ十分に言語化されていないと感じています。
私は、その空白に言葉を置きたい。
私が「前提」に気づいた出来事
ある日、会社の健康診断で
「肺に影あり」
との結果が届きました。
病院の紹介状。
レントゲンDVD。
要精密検査の文字。
真っ先に浮かんだのは、
「自分がいなくなった家族」
でした。
旅行中に子どもの笑顔を見ながら、
「これが最後だったらどうしよう」
と考えた時間もありました。
検査結果は異常なし。
でも、この出来事で父親観が変わりました。
どれだけ家族のために頑張っても、
自分がいなければ終わってしまう。
「良いパパだったね」
ではなく、
「良いパパでいる」
そのためには、
まず自分が生きていること。
それが、すべての前提でした。
私が書いているもの
このnoteでは、
夫婦関係
子育ての葛藤
家事分担
親としての迷い
家族の幸せ
そんな日常の出来事を書いています。
ただ出来事を書くだけではありません。
私は、
「切り取り方」
を変えることで、
見え方が変わる瞬間を書いています。
イライラで終わる出来事を、気づきに変える。
正解を押しつけるのではなく、
「こういう見方もある」
を増やしたいと思っています。
このテーマを広げたい理由
共働き家庭が増え、
父親の役割は大きく変わっています。
でも、
社会の価値観も、
家庭内の役割も、
まだアップデート途中です。
頑張りすぎて苦しくなる父親。
家庭との距離感がわからない父親。
何をすればいいかわからない父親。
そんな人は少なくないと思います。
だから私は、
完璧な父親像ではなく、
『続けられる父親像』
を届けたい。
それが、
「家族にとってちょうどいいパパ」
です。
そしてこれからも、
夫婦のこと。
子育てのこと。
家事のこと。
感情との向き合い方。
日常の実体験を通して、
それぞれの家庭に合った
『ちょうどいい』を見つけるヒントを
言葉にしていきたいと思っています。
最後に
私は特別な父親ではありません。
今でも迷います。
失敗します。
妻に怒られます。
子どもに反省させられます。
でも、その日常の中には
誰かのヒントになる気づきがあると信じています。
完璧じゃなくていい。
でも、ちゃんと向き合う。
その積み重ねが、
きっと家族の形をつくっていく。
私はこれからも、
「家族にとってちょうどいいパパ」
という新しい父親像を、
少しずつ世の中に広げていきたいと思っています。
