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言ってません?『なんで?』。〜親の「なんで?」と子どもの「なんで?」の違い〜||パパの子育て|父親目線|育児エッセイ|子育ての悩み|

「なんで?」

子どもにも。
夫婦でも。
仕事でも。

気づけば、
一日に何度も使っている言葉です。

もちろん、私も使います。

子どもが同じ失敗をした時。
「なんで、出来ないの?」

宿題を忘れた時。
「なんで、忘れるの?」

パートナーが不機嫌そうな時。
「なんで、怒ってるの?」

でも最近、
この言葉について考えるようになりました。


本当に理由を知りたいのでしょうか。
たぶん、違います。

そこにあるのは、

「出来るようになってほしい」という期待。
「忘れ物をしてほしくない」という心配。
「何か悪いことをしたかな」という不安。

そんな気持ちが、
「なんで?」

という言葉になっている気がします。

でも、言われた側はどうでしょう。
理由なんて説明できないことが多い。

本人だって、
「なんで出来なかったんだろう。」

と思っている。
だから答えられない。

あるいは、
「聞かなくても察してよ。」

と思っている。
だから答えたくない。


子どもの「なんで?」は好奇心です。
答えを知りたい。

親は、
「まだ説明しても分からないでしょ。」

と思うこともあります。
でも、それでも聞く。

子どもって、意味も分からないのに
急に大人びた言葉を使いますよね。

きっと、どこかで聞いてきた言葉。

だから子どもの「なんで?」は、
理解したいというより、
知ろうとしているだけなのかもしれません。

それなのに私たちは、
子どもの「なんで?」を面倒くさがる。

でも考えてみると、
大人の「なんで?」の方が、
よっぽど面倒くさいのかもしれません。

子どもの「なんで?」は、
知りたいから。

大人の「なんで?」は、
変わってほしいから。

同じ言葉なのに、
目的はずいぶん違います。


もし、大人が使うその「なんで?」が、
相手にとって責められているように聞こえたら。

きっと人は、
自分を守ろうとします。

一つは、
改善できるように努力をすること。

もう一つは、
隠したり、怒られない為の努力をすること。

失敗そのものから逃げたいんじゃない。
責められることから逃げたい。

だから隠す。
間違った努力をする。

子どもも。
大人も。

きっと同じです。

そう考えると、本当に聞くべきことは、
相手への「なんで?」では
ないのかもしれません。

自分への、
「どうしてあげたらいい?」

なのかもしれません。


だから最近、
私は逆にしています。

子どもへ向ける前に、
まず自分へ向ける。

「なんで今、『なんで?』って言いたくなった?」

そう聞いてみる。

すると案外、
子どもにイライラしていたわけでは
ありませんでした。

仕事で疲れていたり。
時間に追われていたり。
心に余裕がなかったり。

原因は子どもじゃなく、
私だった。

そんな日もあると気づきます。
すると、

「どうしてあげればいい?」
「何と言ってあげればいい?」

って、
まずは自分ができることから
考えられるようになりました。


「なんで?」は、
相手を追い詰める言葉にもなります。

でも、
自分を見つめ直す言葉にもなります。

同じ言葉なのに、
向ける相手が違うだけで、

意味は大きく変わる。

だから私は、
子どもに「なんで?」と言いそうになったら、
一度だけ自分に聞くようにしています。

「なんで今、それを言うの?」

その一呼吸で、
違う言葉を選べることがあります。

「なんで?」をなくしたいわけじゃない。
向ける相手を少し変えてみること。
自分にも他人にも責める為の言葉にしないこと。

相手を変えようとする前に、
自分に問いかけてみる。

その一呼吸が、子どもの未来も、自分の未来も、 少しだけ変えてくれる気がしています。


育児や夫婦関係など
家族の日常の『切り取り方』で
変わる景色を綴っています。

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