見出し画像

西伊豆ロマン~つげ義春の旅「長八美術館」から南へ③

長八の宿を後にして、長八記念館・美術館を見学して、2日目はさらに南へ。綺麗な砂浜に、青い海を見ながら、西伊豆の大自然の中を歩きます。

長八の育った浄感寺

こちら長八記念館は長八が幼少期に学んでいたお寺。寺子屋でここの住職にお世話になる。松崎町の大火で焼けた後に、再建をすることになり、その時に長八が一肌脱いで、本堂の部分に作品が何点か残されています。

浄土真宗のお寺ですが、既にお寺ではない?!

入場料を払って入ると、解説が始まっていました。本堂の両脇の間には、天女の図。

「飛天の像」
確かに天女! 腕の直径は6cmだとか 彩色はそのまま 32歳の時の作品

そして、本堂正面の真上には、こちらの雲龍図。たたみ12畳分の大きさで、圧巻。見る位置によって、龍の表情が変わるということでいろいろな角度から見るように、教えてもらいます。

左が本堂正面 鱗の部分は漆喰だと分かる
おや、確かにこちらから見ると表情が違う 力強いが、少し老けた感じ!?
反対側の飛天の像 室内灯を消すと鮮やかな色彩がより際立つ

長八は、12歳の時に松崎の左官屋に弟子入り、その後、左官の技術を身につけながら、19歳の時に江戸に出て、22歳の時に狩野派の絵師に従事、絵を学ぶのでした。幼い頃から器用だったという事ですが、左官職人であるながら、絵と漆喰を結びつけるところを極めたいという思いは相当強かったのでしょう。

こちらは12歳の時に描いた牡丹 既に漆喰の上に着色をしている
中国画のような漆喰の額絵
近づいてみるとものすごい精巧に描かれている しかも漆喰の上に着色

虫眼鏡が準備されて、「じっくりご覧になってください」とのこと。
長八美術館にはもっとすごいのがありますよ、と。

袈裟を来た坊さんが木の橋を歩く 岸の石ころまで描く、とんでもない細かさ
作品名は無し 富岳の比較的大きな作品富岳 長八作を表す「天祐」という号が左端に

ちょうど左官屋さんのご一行が数名、スタッフの方に漆喰の技術的なことを根掘り葉掘り聞いていました。鮮やかな色があせないことについては、長八がどんな顔料を使っていたかは不明ということで、専門家が調べているらしいです。

彫刻家 石田半兵衛

このお寺にはもう一人石田半兵衛という彫刻家の作品があります。下の彫刻は左が長八作、右が石田半兵衛作ということで、二人の芸術家の合作。

ミケランジェロも絵と彫刻の作品残していますが、両方できるのはやはり信じがたい

本堂の外に出ると、何やら軒下には、豪華の彫刻群。けやきの木、一本から作っているという石田半兵衛の作品を数点みることができます。

松竹梅に鷹 なかなかの迫力!
下段は波に鯛 北斎の浮世絵にも影響を与えたらしい

二人とも松崎町出身ということで、石田半兵衛は、父も兄弟も彫刻で名を馳せました。このような芸術家を出している松崎町、不思議な街です。

長八の墓と左官職人たちによる
顕彰碑がひっそりと境内にある

長八美術館

松崎町が建設を決めてから、全国から選りすぐりの左官職人が集い、建設に至ったという職人の心意気を感じさせる美術館。

個人蔵だったもの、取り壊された建物から持ってきた作品が集められている
コンクリートの造りになまこ壁 長八が生きていたらビックリでしょう

館内の名作はほぼ撮影禁止ですが、それでも秀逸の作品はいくつか「撮影OK
」。 

長八得意の鳥 「竹と雀」

修善寺の旧あさば旅館の戸袋に施されていた龍。龍は雲を呼ぶところから、火災除けとして造られた。独鈷の湯から、この戸袋が見えたそうです。

眼力みなぎる龍!
こちらは有名な「富嶽図」 富士山を描いた中では最も大きな作品
明治10年の内国勧業博覧会に出展された作品

国内版万博という博覧会で、長八の名前は知られるように、63歳の作品。

漆喰細工のジオラマともいえるか 海岸の松 帆掛け舟

実際に長八が使用したこては保存されていないようで、弟子が使った鏝は記念館にありました。

龍の図 龍を描かせたら右に出るものは居ないか…

長八の年表を見ると、30代から70代まで、絵に、漆喰に、仏像まで掘り、歌や三味線までできたというから恐れ入ります。左官の仕事を芸術の域まで高めた男と漫画を芸術まで昇華させた!?つげさんと、こんな街で出会うのが、これまた数奇な出会いでした。

さらに南へ、三浦さんぽの村々

松崎からバスで南へ、ここは三浦という小さな漁村が続く地域。三浦とは、岩地、石部、雲見という三つの小さな浦からなるため。

路線バスは松崎の町を眼下に見下ろし南へ
東海バスのバス停
まずは、岩地海岸へ 西伊豆ロマン 南国に来たかのよう

海岸まで歩く道は「三浦歩道」と言い、昔国道が通るまでに生活路として使われていた道。かつては、隣の村や松崎に出るには、この道を使い、さらに遠くに行く時や大きな荷物は船が交通手段でした。

「伊豆の漁村」より

岩地いわち海岸

まさに伊豆の生活路
気温は30度超えており、泳いでいる人たちもちらほら
再び国道まで登ると、やはり素晴らしい海岸!

東洋のコートダジュール(南仏のリゾート地)と言われるらしく、昔は、オレンジ色の屋根の家がもっとあったそうです。

温泉櫓があるとおり、温泉もあるので、泊りに来たいですね~

次の隣の浦、石部まで、歩きます。

道半ばに不思議な彫刻が点在
岩地海岸 夏にまた来たい!

静かな石部温泉

海岸線の国道をひたひたと歩く
温泉施設が見えてきたら石部
夏には海水浴客がいるのかな? あまりにも静か
夏は水着で入れる露天風呂があり、湾の北側へ
見事に空… 冬季だけ閉鎖じゃないの??

ということで、最近こういう外湯はどんどん閉鎖されているので、行く前に、観光協会に聞くしかないないですね。
堤防に登り、釣りの親子と団らん。

朝にフグがかかったくらい
「まったり、日焼けタイムですよ」泣
民宿は20軒弱も地図にあるけど、今何軒やっているのか… かなり寂しい石部でした

ここから再びバスに乗り、いよいよ最終地点の雲見へ

西伊豆の絶景が続く

つげさんも歩いた「雲見」

湯ヶ島に満足した私たちは、天城峠を越えもしないでもと来た道を少し戻り、ひどい悪路の土肥峠を越えて西伊豆海岸へ出た。土肥の浜辺は砂地ではなく石コロばかりだった。堂ヶ島に向かう途中の宇久須の黄金崎も見た。堂ヶ島は立派なホテルも建ち鄙びてはいなかった。堂ヶ島から松﨑を通過し、岩地の浜では少時泳いだりした。岩地は小さな入江の波静かな、その頃は鄙びていて好いところだった。さらに半島の先の方へ向かい雲見でも少し遊んだ。雲見から妻良めらへの道はまだ出来ていなかった。やむなく松崎へ引き返すと日が暮れ、宿探しをすると何処も満員で、うろうろしていると「長八の宿・山光荘」が目にとまった。

伊豆半島周遊より(つげ義春)

ということで、つげさんは、湯ヶ島から当てもなく西伊豆の海岸を友人と旅して、雲見まで来て、引き返し、松崎の山光荘へたどり着くのでした。

見えてきました雲見!
東海バスとはこちらでお別れ

チェックインまで時間あるので、先に雲見温泉を散策。
実はお昼を食べようとずっと探していましたが、三浦には一軒も見つからず。雲見でも、地元のおじさんに聞いたら、
「そうなんだよ、ちょっと前までは3軒あったけど、みんな潰れちまった、ほんとしょーがねぇよなぁ~。これじゃあ、客来ねえだろ、ごめんよ」ということで、小さな街のストア紹介してもらいました。

この小川を挟んで両端に旅館・民宿が立ち並ぶ
川の行く先は、この砂浜 
鯛を抱える老け顔天使??
くじら館 なんと金曜から日曜の3日間しかやってません…
1950年代の雲見(伊豆の漁村より)

雲見の足湯

雲見温泉にも赤井浜というところに露天風呂があったのですが、こちらも2018年に閉鎖されていました…。伊豆もお手軽に入れる露天風呂はもうほとんどなくなってます。

こちらに足湯があるので、せめて足だけでも…
ぬおぉ、この2本の松は巨大! 伊豆半島で見た中で一番大きなクラス
目の前で親子連れがじゃぶじゃぶと泳ぐ

足湯から少し山手側に雲見園という旅館。こちらは「日本秘湯の会」の宿でした。伊豆半島にもあったのかというところですが、簡単にたどり着けないという事ではやはり秘湯でしょう。

かわいいお宿 雲見園
ようやく15時、ここから、宿へ向かいます

ということで、宿に向かい、最終日へ。(つづく)

いいなと思ったら応援しよう!