日本再考の旅②(「坂の上の雲」その2)
松山市内を一日でじっくり巡るのは不可能と思っていましたが、市電も本数が多く、意外にも機能的なコンパクトシティー。なんとか行きたいところは1日で、大体回れそう。続けて、司馬遼太郎の「坂の上の雲」にちなんだ場所を訪ねます。
秋山兄弟生誕の地
松山城を後にして、向かうは、秋山兄弟生誕地。さて、生誕の地は、大街道と松山ロープウェイの繁華街から少し脇に入った静かな場所にあります。
さて、改めて「坂の上の雲」。司馬遼太郎の作品の中では、やはりダントツ人気の作品であり、構想から完結迄10年もの時間をつぎ込んだ代表作。
余談ながら、私は日露戦争というものをこの物語のある時期から書こうとしている。
小さな。
といえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。産業といえば、農業しかなく、人材は三百年の読書階級であった旧士族しかなかった。この小さな、世界の片田舎のような国が、はじめてヨーロッパ文明と血みどろの対決をしたのが、日露戦争である。
その対決に、辛うじて勝った。その勝った収穫を後世の日本人は食いちらかしたことになるが、とにかくこの当時の日本人たちは精一杯の知恵と勇気と、そして幸運をすかさずつかんで操作する外交能力のかぎりをつくしてそこまで漕ぎつけた。いまからおもえば、ひやりとするほどの奇蹟といっていい。
その奇蹟の演出者たちは、数え方によっては数百万もおり、しぼれば数万人もいるであろう。しかし小説である以上、その代表者をえらばねばならない。(略)
一組の兄弟にえらんだ。すでに登場しつつあるように、伊予松山のひと、秋山好古と秋山真之である。この兄弟は、奇蹟を演じたひとびとのなかではもっとも演者たるにふさわしい。
上記の書きっぷりからも、これは半分は小説であるが、半分は司馬遼太郎の日本の近現代史観、教訓や希望も織り込んだ作品です。どこからが創作かも分からない小説で、散文的なので読みやすく、佐藤優氏曰く、この作品によって、司馬遼太郎は国民文学の域に至ったと。

兄、好古は、元々師範学校を出て、教育者。平たく言えば、家庭の事情で、士官学校を経て、日本の騎兵をゼロから作り上げました。

弟、真之も、お金がなく、東大に行くのを諦めます。結局、海軍を背負って、東郷平八郎と共に、日本海海戦で歴史的な勝利をする立役者。

この二人の数奇な運命が、坂の上の雲をめがけて走る日本の演者であり、司馬遼太郎好みの人物像でもあります。
こちら、熱心なガイドのお姉さん受付も接客&ガイドもやりながら、てんやわんやで迎えてくれました。さすが、おもてなし日本一!

彼は死ぬまで教育者だった


勝利したとは言え、多くの命の損失がありました。
また、秋山真之は、片時も「お国のため」ということを忘れることはなかったと、好古が葬式の時に話したそうです。
さらに、解説のビデオによれば、死期の前に述べたのは、「米国と事を構えるな」、「これからの戦争は飛行機と潜水艦の時代が来る」とか話したそうです。試験でヤマを当てるのが得意だったと言いますが、こんなところにも才を発揮していました。

「坂の上の雲」ミュージアム
秋山兄弟生誕地から徒歩数分の所にあります。

一人の人物の記念館ではなく、一小説で館が出来てしまうのですから、恐れ入ります。撮影禁止の場所が多いですが、司馬遼太郎の原稿や手紙のやりとりなどもあります。
得てして文豪は乱筆と言いますが、以下は、秋田忠俊という松山の民俗学者に宛てた手紙。

小生いつのばあいもそうですけれども、
五里霧中の思いで書いております
書いていて子規が非常好きになりました

司馬遼太郎、40代半ばの作品で、思ったより若い時の作品。連載でこんなに長期に書くというのは、どう組み立てるのか、全く想像が付かない…。

一階のロビーでは、もっくんや阿部寛が出演したNHKの「坂の上の雲」が流れていました。司馬遼太郎は生前、この作品の映像化は、視聴者が安易に右に流れてしまうことを恐れ、嫌がりました。
今、司馬さんが生きていたら、今の「この国のかたち」をどう見るか…

ということで、こちらは、駆け足で見学して、ようやく夕食です!
鯛めし経由、道後温泉へ
日もすっかり暮れて、さて何を食べようか…。ロープウェイ乗り場から大街道に続く繁華街は、「鯛めし」の店舗が多く、ほぼ選択の余地なし。


こくと甘みのある醤油をベースにした出汁が特徴でしょうか。

外せない道後温泉本館!




ここは、お湯に入って終わりよりも、大広間や個室の休憩室を利用するのがお勧めです。今回は1,300円/1名で二階の休憩室を利用。

というか、「給仕」してくれる若者がすがすがし


一階に降りて、「神の湯」に浸かります。休憩室は空いていましたが、お風呂の法は、結構な混み具合。

その湯釜は「湯築城」のところにあった湯釜とのこと。


源泉ブレンドして、泉温42度に調整、アルカリ性単純泉。それにしても、この本館は、他の温泉地にはない、壮大な造りと収容能力。大規模スパのようなアミューズメント施設ではないけど、温泉だけゆっくり楽しみたいなら、この上ない場所です。
3階には「坊ちゃんの間」
「3階ご覧になりますか?」と声をかけてくれたので、聞いてみたら、「漱石のゆかりのお部屋」があるとのこと。



夜も更けて…
濃厚な一日でしたが、鯛めしのおかげか、温泉のおかげか、エンドルフィン高めで全然疲れていない。


20時半を回っているのに、こちらのお団子屋のお姉さんが、奥で、手元で団子を回しながら、「坊ちゃん団子」を作っているじゃないですか!

店の前で、お茶も出してくれて、一本、頂きます。


ホテルに着いたのは、21時を回り、長い初日が終わりました。
明日からは、瀬戸内海を渡り、山口に向かいます! (つづく)
