『第三の男』雑考 前編
昭和54年の春3月、ウィーンに居た。
われながらアホじゃないかっておもうんだけど、プラターを散策し、大観覧車(リーゼンラート)に乗り、並木道(ハウプトアレー)を歩いた。なぜかってことわるまでもなく『第三の男』の主要な舞台だからだ。昭和54年っていうのは、おそらく1979年で、この映画が制作されてちょうど30年っていう節目の年だったんじゃないかな。
当時は、そんなことはおもいもせず、ただ、とにかく、ウィーンの地に立って、地下水道には入れないものの、遊園地(プラター)にだけは行こうって決めた。あ、プラターは遊園地って意味じゃなくて、もともとラテン語で「草原」のことらしいよ。
で、映画の途中、ジョセフ・コットンとオーソン・ウェルズが乗り込んだ観覧車(でかいんだ、これが)に乗り、ラストシーンのジョセフ・コットンの前をアリダ・ヴァリが歩き去っていくマロニエの並木道をぶらついた。おりしも並木は冬枯れで、映画のとおりだったから、まあなおさら嬉しかったりしたっけ。
ただ、1シリングだって使いたくないほど徹底した貧乏旅行だったから、プラターで乗ったのは観覧車だけだったけどね。ちなみに、この『雑考』の2葉の写真は、当時、ぼくがニコマートELで撮ったものです。
そんな思い入れのつよい『第三の男』なんだけど、初めて観たのはたぶん高校2年の夏頃で、名画座の固い椅子に腰掛けながら、わかったようなわかんないような、でも、なんとなくラストシーンはかっこええな~っていうくらいの感想だった。だって、アホな高校生には難しかったんだもん。
たしかにそうで、反戦の匂いのたちこめるこの映画は、ふつうのサスペンス・スリラーとはちょっと毛色が違ってて、戦争の影がとっても濃く漂ってる。まあそれもそのはずで、舞台になってるのが1949年のウィーンなんだから、第二次世界大戦の残り滓がそこらじゅうに転がってるわけだよね。
昭和24年当時のオーストリアは、連合軍が分割統治してた。アメリカ、イギリス、フランス、ソ連による4分割で、首都のウィーンも連合軍の共同統治下にあった。ベルリンの状況によく似てる。
まあ、オーストリアもエラい目に遭わされたものだけど、なんていうのか、このドナウ川のほとりの美しい古都は歴史の荒波を受けざるを得ないような立場にあった。バーベンベルグ家やハプスブルク家の支配下にあって、オスマン帝国の包囲を受けながらも帝都として存続したものの、第一世界大戦を経てオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊してからは、荒波に完全に呑み込まれちゃった。
なにより、ナチス・ドイツに併合されたことで、第二次大戦後は瓦礫の山と化しちゃった。それにくわえて、4分割統治だ。えらい目に遭わされたもんだよね。こんな状況だから、当然、闇のちからが蠢くわけで、昼の光の中では考えられないような非合法な世界が、夜の闇の中で展開した。映画のネタにもなってるペニシリンの闇取引なんかがそうだ。
映画では、オーソン・ウェルズの演じるハリー・ライムが、粗悪なペニシリンを病院に横流ししてることが物語の裏設定になってるんだけど、とにかく、暗い。瓦礫と化したかつての帝都にゆいいつ残ってたのが庶民の憩いの場である遊園地で、そこだけは光にあふれた世界なんだけど、ひとたび夜ともなれば、地下にひろがる陽の光の射さない下水道のような犯罪が横行する。そうした光と影の世界を、強烈な構図と照明でめちゃくちゃきついコントラストをつけた画面で作り上げたのがこの『第三の男』ってことだね。
余談ながら、こうした光と影の画面構成で、殺伐とした都会が舞台になって、犯罪を臍にする物語を描いてくる映画は、フィルム・ノワールって言った。この『第三の男』も分類すれば、そのひとつに挙げられるんだろう。フィルム・ノワールには、そんなどうしようもない閉塞感や絶望感にくわえて、ファム・ファタールって呼ばれる謎の女が登場する。意味するところは、運命の女っていうか、男を破滅させちゃう魔性の女なんだけど、ここではアリダ・ヴァリだね。
「じゃあ、フィリム・ノワールってどんな映画のことよ?」とかって聞かれちゃうよね。たとえば、ジョン・ヒューストンの『マルタの鷹』とか、アルフレッド・ヒッチコックの『疑惑の影』とか、オットー・プレミンジャーの『堕ちた天使』とか、ハワード・ホークスの『三つ数えろ』とか、テイ・ガーネットの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』とか、オーソン・ウェルズの『上海から来た女』とか、ビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』とか、スタンリー・キューブリックの『現金に体を張れ』なんかがそうなんだけど、そうしたサスペンス・スリラーの傑作って呼ばれる映画の中でも『第三の男』は群を抜いてる。
あらすじはいたって単純で、登場人物もざっくり言えば4人しかいない。ジョセフ・コットン演じる売れない作家ホリー、オーソン・ウェルズ演じる闇の密売人ハリー・ライム、ハリーの愛人でもあるアリダ・ヴァリ演じる女優アンナ、トレバー・ハワード演じる英軍少佐キャロウェイの4人だ。
作家ホリーが仕事をもとめ、親友のハリー・ライムを頼ってウィーンに来るんだけど、そこで出くわすのはハリー・ライムの死。ところが、この死には疑問があって、英少佐キャロウェイによればハリーは闇の商人だといい、その愛人アンナと知り合うと、どうやら、ハリーが死んだ現場にはもうひとり別な男がいたという。第三の男だね。ところが、ハリーの死と密売ルートを追う内に、とんでもないことが発覚する。ハリー・ライムが生きてたって事実だ。このときのオーソン・ウェルズの登場が映画史に残るくらいカッコイイんだけど、まあそれについては擱こう。で、生きていたハリーと大観覧車で再会したホリーは、いかにハリーが極悪人かを知ることになるんだけど、結局は、ハリーはキャロウェイに追われ、下水道へ逃げ込むも、射殺されちゃう。あとに残ったホリーは、アンナへの恋慕を諦めきれず、マロニエ並木でじっと待つものの、やっぱり極悪人でも一度惚れて愛人となったアンナはハリー・ライムへの恋情を棄てることができずに去っていくんだね。ちっくしょう、死んでもかっこよすぎるぞ、ハリー・ライム。
