映画『サンセット大通り』雑記 その7
第七章 映画についての映画
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ビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』が映画史に残した最大の遺産は、忘れられたスターを描いたことでも、ハリウッドの内幕を暴いたことでもない。それは、「映画が、みずからを題材にする」という表現の可能性を、きわめて高い完成度で示したことにある。
映画は、本来、現実を映し出す芸術である。しかし、ときに映画は、そのカメラを外の世界ではなく、内部へ向ける。撮影所、映画会社、スタッフ、キャスト、批評家、さらには観客までも物語の対象とし、「映画とはなにか?」「スターとは何者なのか?」「映画は人間になにを与え、なにを奪うのか?」という根源的な問いを投げかけるのである。
今日、このような作品群は「メタ映画(Meta Cinema)」あるいは「自己言及的映画(Self-reflexive Cinema)」と呼ばれている。作品の中で映画製作そのものを描き、虚構と現実を往還しながら、映画という芸術や映画産業そのものを見つめ直す試みである。
しかし、その系譜をさかのぼれば、その重要な源流のひとつには、まちがいなく『サンセット大通り』が存在している。
この作品には、映画史のあらゆる要素が凝縮されている。
サイレント映画からトーキーへの移行によって取り残されたスター。夢を売る巨大な産業としてのハリウッド。現実と虚構の境界を見失っていく人間。そして、映画という幻想が、人の人生そのものを支配してしまうという残酷な真実である。
ワイルダーは、それらを単なる内幕暴露や風刺としてではなく、人間の心理と映画史そのものを重ね合わせることで、一篇の普遍的なドラマへと昇華させた。
だからこそ、こんにちでも『サンセット大通り』は世界中の映画作家たちによって繰り返し引用され、変奏され、新たな作品へと受け継がれている。その影響は、落日のスターを描く作品だけにとどまらない。映画製作の舞台裏を描いた作品、映画人の創作の苦悩を見つめた作品、スターという存在を問い直す作品、さらには、映画そのものを自己批評する作品にまで広がっている。
本章では、その豊かな系譜を年代順にたどりながら、『サンセット大通り』が投げかけた問いが、時代ごとにどのようなかたちで受け継がれ、発展し、あるいは新たな意味を与えられてきたのかを見ていきたい。
最初に取り上げるのは、映画を愛する者たちへの賛歌であると同時に、「映画についての映画」という概念そのものを最も幸福なかたちで結晶させた一本、フランソワ・トリュフォー監督の『アメリカの夜』である。
一
『アメリカの夜』
(原題:La Nuit americaine/1973年/フランス/上映時間115分)
監督:フランソワ・トリュフォー
主演:ジャクリーン・ビセット/ジャン=ピエール・レオー
「映画についての映画」というテーマを語るとき、最初に取り上げるべき作品は、やはりフランソワ・トリュフォー監督の『アメリカの夜』である。
トリュフォーは、ヌーヴェルヴァーグを代表する映画監督であると同時に、『カイエ・デュ・シネマ』誌で活躍した優れた映画批評家でもあった。
若き日の彼は、アルフレッド・ヒッチコックやハワード・ホークス、そしてビリー・ワイルダーらを、一貫した作家性を持つ映画監督として高く評価し、「映画は芸術である」という思想を築き上げた世代の中心人物である。そのため彼にとって映画とは、物語を語る手段である以前に、映画そのものを考えるための芸術でもあった。
『アメリカの夜』は、その思想がもっとも純粋なかたちで結実した作品である。
舞台は一本の映画が撮影されているスタジオ。監督フェランをトリュフォー自身が演じ、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・レオー、ヴァレンティナ・コルテーゼらが映画の出演者として登場する。
撮影現場では、俳優同士の恋愛、突然の事故、脚本の変更、スタッフの行き違いなど、映画作りには避けられない数多くの出来事が起こる。しかし、そうした混乱さえも抱え込みながら、撮影は一歩ずつ完成へ向かって進んでいく。
本作には、『サンセット大通り』のような殺人事件も、狂気へ堕ちていく大女優も登場しない。映画産業の暗部を暴く作品でもない。それでも両作品は、一本の太い糸で結ばれている。どちらも映画を外側から眺めるのではなく、その内部から語っているのである。
『サンセット大通り』では、ビリー・ワイルダーは、映画という巨大な産業が生み出したスター制度の光と影を描いた。華やかな銀幕の裏側には、忘れ去られた俳優、時代から取り残された映画人、そして夢を失った人々が存在する。その現実を、ノーマ・デズモンドというひとりの女性の人生へ凝縮してみせた。
一方、トリュフォーは、映画を作るという営みそのものへ視線を向ける。スタッフも俳優も監督も、それぞれに悩みを抱えながら、それでも一本の映画を完成させようと努力する。その姿は決して華やかではない。しかし、映画とは本来、多くの人々が力を合わせて初めて成立する共同作業であることを、この作品は静かに教えてくれる。
トリュフォーは、映画製作について次のような言葉を残している。
〝Faire un film, c'est comme un voyage en diligence. C'est romantique au debut, mais petit a petit on s'ennuie, et a la fin, on ne pense plus qu'a une chose : arriver a destination〟
『映画を作るというのは、駅馬車の旅に似ている。最初はロマンチックだが、やがて苦しくなり、最後には目的地へ着くことだけを考えるようになる』
映画作りは、決して夢だけでは終わらない。
予定どおりに進まない撮影、俳優との衝突、予算や時間との戦い。現場では、次から次へと予期しない問題が起こる。それでも映画人たちは立ち止まらない。完成した一本の映画の背後には、観客には見えない数え切れない苦労が積み重なっているのである。
しかし、その苦労を知り尽くしたトリュフォーは、それでも映画を信じ続けた。
彼は、こんな言葉も残している。
〝Films are more harmonious than life. There are no traffic jams in films. There are no dead periods. Films move along like trains, like trains in the night〟
『映画は人生よりも調和している。映画には交通渋滞もなければ、空白の時間もない。映画は夜を走る列車のように、絶えず前へ進んでいく』
この言葉には、トリュフォーの映画観が凝縮されている。
人生は、思いどおりには進まない。しかし映画は、人間が現実を見つめ、選び取り、秩序を与えることで生まれる芸術である。だから映画には、人生とは異なる美しさが宿る。
その考え方は、『サンセット大通り』とは対照的である。
ワイルダーはワイルダーは映画が生み出す夢の危うさを描き、トリュフォーは映画を作る喜びを描いた。しかし、その出発点は同じだった。映画という芸術を外側から評論するのではなく、その世界の内部へ入り込み、映画人たちの息づかいまで映し出そうとしたのである。
だからこそ、『アメリカの夜』は、『サンセット大通り』が切り拓いた「映画についての映画」という系譜を受け継ぐ代表作として、今日でも特別な位置を占めている。
映画を愛する者が映画を見つめ、映画を通して人生を考える──その豊かな伝統は、この作品から続く後の多くの映画人たちへと受け継がれていくのである。
