子界巫浄神話 皆の書 五の門
露呈する鏡面世界(デス・エコー)
ぬうまがその白い手を天に掲げた瞬間、富士を囲む空がガラスのように「割れた」。
「……ああ、これが世界の裏側か」
カイの視界には、もはや常人が見る景色は映っていない。
神界の周波数によって拡張された彼の視覚は、物質の裏側に張り付く「死界」の澱みを捉えていた。
美しいはずの森は、どす黒い執念の触手に埋め尽くされ、空からは死界の住人たちの「諦念」が黒い雪のように降り注いでいる。
今まで隠されていた「世界の歪み」が、巫浄という純粋すぎる光に照らされることで、膿のように現実に染み出してきたのだ。
「止めてくれ! 何だこれは、何が見えているんだ!」
遮断壁の外で銃を構えていた兵士たちが、次々に発狂し、自らの喉を掻きむしる。
彼らの目には、自分が愛していた世界が、実は自分たちの醜い感情(低周波)で編み上げられた地獄だったという真実が露呈してしまったのだ。
「落ち着いてください。それは、あなたたちが作り上げた鏡の中の自分ですよ」
カイの声は、もはや空気の振動ではなく、直接相手の魂を震わせる「音」となっていた。カイが兵士の一人に歩み寄ると、その歩幅に合わせて地面の「死界の触手」が、巫浄の光に焼かれて炭化していく。
だが、歪みはそれだけでは収まらなかった。巫浄「ぬうま」が存在し続けることで、子界(3次元)と死界(反転4次元)の境界線が完全に崩壊し始めたのだ。
地面からは、かつて最終戦争で命を落とした者たちの怨念が、形を成さない影となって這い出し、光を求めてカイや共鳴者たちに縋り付く。
「ぬうま……。彼は、この苦しみすらも、僕たちの『摩擦』の一部だと言いたいのかな」
カイの問いに、花魁姿の巫浄は答えない。
ただ、その額の第三の目が、神界の「覗き穴」と同期し、さらに強い緑の閃光を放つ。
その光は、歪みを浄化すると同時に、この物理世界そのものを「神の妄想(0次元)」へと押し戻そうとするほどの圧力を持っていた。
カイは理解した。このままでは、巫浄による「救済」が完了する前に、この世界は死界の歪みに耐えきれず、完全に圧壊する。
「……神様。寂しいのは分かります。でも、少なくとも僕はまだ、この泥の中でもがく自由を捨てきれない」
カイの胸の奥、
まだ「人間」であった頃の僅かな残響が、
神の周波数に抗うように、静かに、
同時に力強く脈動を始めた。
