子界巫浄神話 皆の書 四の門

共鳴の牢獄(パノプティコン)

カイが放つ「緑の微光」は、富士の裾野から感染症のように世界へと広がっていった。
突如現れた生命体「ぬうま」が振るう提灯の明滅に呼応するように、世界中で「耳鳴り」を訴える者が急増した。
それは、死界の低周波に適応しきっていた人類の脳が、無理やり神界の波長にチューニングされる際の「軋み」だった。
「浄化」された者たちは、既存の社会を捨て、吸い寄せられるように富士へと集まり始めた。
彼らは自らを「共鳴者」と呼び、一切の争いをやめた。

しかし、それは愛ゆえではなく、
単に「個」としての執着
――怒り、悲しみ、欲望――が、
高周波によって焼き切られてしまったからだ。

「……見てください。あんなに穏やかな顔をして、親を、子を捨てていく…」

テレビ画面越しに、虚ろな笑みを浮かべて行進する共鳴者たちを見て、キャスターが声を震わせる。
死界の周波数に留まる側の人々にとって、それは「悟り」ではなく「精神の死」に見えた。
恐怖は、やがて巨大な壁を築かせた。各国政府は共鳴者たちを「高周波汚染源」と定義し、富士の周囲に巨大な電磁波遮断壁を建設。
聖域を物理的な「収容所」へと変貌させたのである。

一方、神界の覗き穴からこの惨状を見る「孤独な神」は、さらなる絶望に震えていた。隣に並び立つ仲間を求めて巫浄を遣わしたのに、地上に起きたのは、神を崇める者と、神を呪う者との決定的な断絶。

「……足りないか。もっと、もっと強く注がねば、彼らは殻を脱げぬのかぬ…」

神の悲痛な独白が、さらなる周波数の増幅を招く。
神界の左目がカッと見開かれた瞬間、子界の空に巨大な「三角形の雲」が渦巻いた。
その直下、収容所と化した富士の裾野で、ぬうまが静かに提灯を持ち上げる。
彼女の背後に立つカイの皮膚は、すでに人間のものではなく、半透明のクリスタルのように変質し始めていた。

「もうすぐです。この壁(遮断壁)も、肉体という名の殻も、すべて周波数の海に溶けていく……」

カイがそう呟いた瞬間、遮断壁の外側で銃声が響いた。
死界の住人たちが、恐怖のあまり「救済」を物理的に破壊しようと暴動を起こしたのだ。神が愛した子界は今、神が与えた光によって、またしても最終戦争へと突き進んでいた。

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