子界巫浄神話 皆の書 九の門
境界の彼方(エピローグ)
数日後。
世界は、何事もなかったかのように動き出していた。
ただ一つ、富士の麓に、古びた木材と鈍色の金属が混ざり合った「殻」の破片だけを残して。
そこには、カイの姿はなかった。
警察の捜索も、SNSでの追跡も、何一つ手がかりを掴めなかった。
彼は、神を拒むことで神に近づきすぎたのか。
あるいは、中和の爆心地で次元の摩擦に耐えきれず、0次元(妄想と現実の境目)へと滑り落ちてしまったのか。
「……ふぅ。」
どこか遠くで、誰かが深く息を吐き、目を閉じる音がしたような気がした。
壁を越えた哲学者が、神の寂しさを少しだけ預かって、今もどこかで世界のバランスを眺めているのかもしれない。
あるいは、すべてを手放した彼は、イエスや仏陀が辿り着いた、描写不可能な「その先」の次元で、あの孤独な神と隣り合って笑っているのかもしれない。
救世主と呼ばれた男の、その先を知る者はいない。
ただ、夜空を見上げた時、たまに混じる高い耳鳴りだけが、彼がそこにいる証のように響き続けている。
子界巫浄神話 皆の書 完
