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50代の再統合ー農学部を諦めた僕が、神学と歴史を経て「園芸は文化だ」と確信した理由

プロローグ


こんにちは、クリストファー・セレジェイラスです。

プロフィールにも書きましたが、僕は園芸を「文化」としてとらえています。

それはなぜか
園芸は、植物だけでも人間だけでも成立しません。
植物に人が手をかけ、愛でることで初めて生まれる営みだからです。

たとえば、野山に出かけて花を愛でるのは「自然観察」かもしれません。
しかし、そこに人の「あの山には5月にこの花が咲くから、旅に出よう」という意思が加われば、それは花を求める人間の営み—すなわち「文化」になります。


1: きっかけー挫折から始まった僕の歩んできた軌跡をたどる旅


僕は物心がついた時から、植物が大好きでした。
高校生の時、当然のように農学部を目指しました。
植物と一生関わっていきたい、そう願っていたからです。

しかし、当時の日本は「受験戦争」の真っ只中。
就職氷河期を控えた、最も競争の激しい世代でした。

結論から言うと、僕は受験に失敗し、一浪して私立大学の文学部へと進みます。そこで専攻したのは、神学と歴史学

それは「一番好きだった植物」を諦め、「二番目に興味があったこと」へ舵を切った瞬間でした。
以来、社会人になっても、僕は人文科学の世界を探究し続け、植物とは「趣味」として細々と付き合う日々が続いていたのです。


2: 品種名に刻まれた、知性と五感の交差点


そんな僕に、転機が訪れます。
ある時、園芸植物に付けられた「品種名」の奥深さに、雷に打たれたような衝撃を受けたのです。

植物園のバラ園などで、「ピース」や「アイスバーグ」といった名札を見たことはないでしょうか。
あれが品種名です。

特に印象的だったのが、オランダで品種改良された「ラインベルト」という品種名を持つ花々でした。

  • 波打つ花びらの白地に赤いインクを落としたようなチューリップ「エステラ・ラインベルト」

  • ラッパ咲で驚くほどに早い時期花開くスイセン「ラインベルト・アーリー・センセーション」

  • 輝くような黄色がまるで金色のようなフリージア「ラインベルト・ゴールデン・イエロー」

この「ラインベルト(Rijnveld)」は、本来はオランダ語で「ラインフェルト」と読みます。
Rijnはライン河、veldは平原。
オランダのライン河畔の肥沃な大地に縁のある一族の姓です。

2008年オランダ・南ホラント州キューケンホフ公園にて


ラインフェルト家
は、球根輸出に活路を見出したオランダで、情熱をかけて品種改良に挑みました。
彼らの情熱は、今も春の花の名として世界中で愛されています。

そもそも「名を与える」という行為は、『旧約聖書』の「創世記」第2章、エデンの園で人間が生き物に名をつける記述とも深く関わっていますし、オランダの球根生産の興隆は、宗教改革でプロテスタントが優勢になったことともつながりがあります。

この気づきは、僕の中でバラバラだった知識を一つに繋げました。
園芸は、自然科学だけでなく、歴史学、神学、そして社会学を包括した壮大な「文化」だったのです。

人文科学の道を選んだ僕も、実は大好きな植物の探究を、何ひとつ諦める必要はなかったのだと。
50代になって、ようやくそのことに気がつきました。


3: 実は耕し続けてきた、僕という土壌


受験戦争から就職氷河期を経て、僕のこれまでの人生は思い通りにいかないことの連続でした。
けれど、与えられた場所を必死に耕し、根を張り、今日まで生きてきました。

僕の太陽星座である牡牛座も、地道に土を耕し、美しいものを慈しむ性質を持っているらしいです。
思い通りにいかない日々の中でも、僕が植物を育て、花を愛でることをやめなかったのは、この星が持つ「五感で美を味わう」本能があったからかもしれません。

たとえ厳しい土壌(社会状況)であっても、土を触り、花の香りを嗅ぎ、歴史の重みに触れることで、自分自身を「耕し」続けてきたのかもしれません。

これから、二番目に好きだった人文科学を、一番好きな「植物」に統合していきます。

ラインフェルト家が後世に残る美しい花を生み出したように、僕もこれからの「園芸文化の旅」で、自分なりの芽を育て、花を咲かせていこうと思います。


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