見出し画像

noteで「スキ」よりも「画像が使われました」通知が嬉しいワケ。いつしか記事は画像のための「おまけ」になった。

こんにちは!
マレーシア在住の20代会社員、ちゃびー。です


「記事を書いて『スキ』をもらうよりも、自分の投稿した記事見出し画像を他のユーザーが使ってくれた通知のほうが嬉しい…」


おそらくほとんどの人には共感してもらえない、note特有の変わった感情だと思っています。(笑)


今回は、なぜ私がこのような感情を抱くようになったのか、その経緯を簡単にご紹介します。


✏️✏️✏️


✍️ 最初のころは普通にnote記事を書いていた。

久しぶりにnoteに戻ってきて記事を書いていた頃は「普通」に記事を書いていました。


自分自身のマレーシア生活、役に立つ情報、おすすめのアプリなど、読者にとって価値のあるコンテンツ作りを目指していた時期です。


しばらくぶりに文章を書いたので、新鮮な気持ちで継続して投稿できていたと思います。



🔔 みんなの画像で自分の記事見出し画像がつかわれた

あるとき携帯を確認すると、「みんなの画像に登録したあなたの画像が〇〇さんの記事で使われました。」という通知が来ていました。


その時は何とも思わず、「そういえば、自分が記事で使用した画像が他の人の記事でも使われるような仕組みがあったな」という程度の認識でした。


しかし、それ以降、記事の「スキ」の数よりも、画像が使われた時の通知を目にする機会が多くなっていきました。



🤔 【深掘り】なぜ画像利用の通知が「スキ」より嬉しいのか

見出し画像が使われる通知をたくさん受け取るうちに、記事のスキよりもそちらのほうが嬉しさが大きくなっていることに気付きました。


自分でもおかしいとは思っているのですが、それが正直な気持ちです。(笑)


なぜここまで画像利用の通知が特別なのか、考えてみました。


① 「貢献」の実感:

記事への「スキ」は、私の発信に対する評価です。一方で、画像が使われるということは、誰かの創作活動の役に立てたという貢献の証です。見知らぬクリエイターの表現を、裏側から少しだけサポートできた感覚が、何よりも大きな喜びにつながっているのだと思います。

② プラットフォームへの「資産」:

画像は「みんなの画像」という形でnote上に残り、半永久的に利用され続けます。これは、自分がnoteというプラットフォームに小さな資産を残しているような感覚があり、継続的なモチベーションになっています。


この「おかしな感情」を抱くようになってからは、「こんな画像であれば多くの人に使ってもらえるのではないか?」という思考から入って、「じゃあこの画像を自然に使うために、このテーマの記事を書こう」というような、画像が主役、記事が脇役という逆転した感覚で記事を書いています。



🤝 さいごに:画像を使いたいがためのこの記事

お気づきかもしれませんが、この記事も、この考えを体現するために書きました。


  • 見出し画像 × 1枚

  • 記事内の画像 × 3枚


(もちろん、すでに「みんなの画像」へ登録済みです!)


「スキ」ももちろん嬉しいですが、もしこの記事の画像があなたの次の記事の表現に役立ちそうなら、ぜひ使ってみてください!それが、私にとって一番の喜びです。ください!


✏️✏️✏️


それではまた次の note でお会いしましょう!


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