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矢印が自分に向いた瞬間、会話は止まる[326日目]




相手を見ているつもりで、自分しか見ていない時がある

昔から、矢印の向きというものを意識している。

誰かと話す時、まず意識の矢印を相手に向ける。
相手が何を言いたいのか。
どこで引っかかっているのか。
何をわかってほしくて、その言葉を選んでいるのか。

そこに意識を向けると、ちゃんと聞ける。
ちゃんと理解しようとできる。
返事も、ただ自分の言いたいことを投げるだけじゃなくなる。

そうすると、不思議と相手もこっちに矢印を向けてくれることがある。

もちろん、いつもそうなるわけじゃない。
こっちがどれだけ相手に向けても、相手はずっと自分にしか矢印を向けない場合もある。

でも、それはそれでいい。
自分にとって大事な相手じゃなければ、正直そこまで気にならないから…笑

ただ、自分が大事だと思っている人。
大切にしたいと思っている人。
そういう相手に対しては、矢印は絶対に相手へ向けた方がいい。

これは、ずっとそう思って生きてきたこと。

閉店後の静かな厨房で、片付けながらふと思うことがある。
今日の自分は、ちゃんと相手の方を見て話せていたのか?
それとも、相手を見ているふりをしながら、結局自分の評価ばかり見ていたのか?

この差は、思っているより大きい。


意識が相手に向くと、力が抜ける

最近、その「矢印の向き」について、さらに深く考えている人の話を聞くことがあった。

そこで出てきた言葉が、すごくしっくりきた。

「対象が相手に向いているとスムーズに動けるけど、自分に向いているとストップがかかる」

ああ、確かにそうだなと。

意識が相手に向いている時って、力が抜ける。
勝手に抜ける。

その人のために何ができるか。
その人はどう感じるか。
どうしたら少しでも良くなってくれるか。

そういう思考になる。

でも、意識が相手ではなく自分に向いた瞬間、急に身体が固くなる。

失敗したくない。
頭が悪いと思われたくない。
評価されたい。
ちゃんとできる人だと思われたい。

他人の目を見ているようで、実は自分のプライドを守っているだけ。
いわゆる自我が発動している状態。

これ自分を含めて周りを見渡してみてもあながち間違っていない気がする。

誰かのために動いている時は、変な力みがない。
けれど、自分がどう見られるかを気にし始めた途端、急に動きが悪くなる。

頭の中で、いちいちブレーキがかかる。

それを「慎重」と呼ぶこともできるのかもしれないけど、実際は怖がっているだけの時もある。
自分を守ることに意識が向きすぎて、目の前の相手が見えなくなる。

それはやっぱり、ちょっと怖い。


会話がつまらなくなる理由は、矢印の向きに出る

会話していて、すごく不快になる相手がいる。

こっちが何かを話しても、すぐに自分の話へ持っていく人。
相談していたはずなのに、気づいたら相手の武勇伝を聞かされている時。
何を言っても「自分の場合はさ」と返ってくる時。

あれ、地味にしんどい。

面白くない。
またその話か。
もう話したくない。

そう感じたことって、誰しも一度はあるんじゃないかなと。

それはたぶん、矢印の方向がこちらに向いていないから。
話している相手ではなく、自分にしか向いていない。

しかも、たちが悪いのは、そういう人ほど自分では悪いと思っていないことが多い。

自分は話がうまい。
自分は面白い。
自分は場を回している。

そう思っていることすらある。

でも、聞いている側からすると、会話じゃなくて発表会になっている。
しかも、毎回同じ演目。

しんどいよね〜笑

色んな人と接して、色んな人を見てきて思うけど、だいたいそういう感じだった。

本当に相手のためにと思っている時って、もっと自然なんだよな。
没頭して、気づいたら没入して、もっと何かできないかという問いが湧いてくる。

それも、押し付けじゃない形で。

たまに「相手のために言っている」と言いながら、ものすごく押し付けがましい人がいる。

でもそれは、相手のためと言いながら、自分のために言っているだけだったりする。

自分が正しいと思いたい。
自分の考えを通したい。
自分の不安を消したい。

だから相手には、押し付けとして届く。

言葉だけを見れば「あなたのため」かもしれない。
でも、矢印の向きはちゃんと伝わる。

そこはごまかせない。


見極めるのは簡単じゃないから、何度も見る

意識という矢印が、相手に向いているのか。
それとも自分に向いているのか。

これを見極めるのは、簡単じゃない。
むしろ、かなり難しい。

人間って、どうしても自分最優先になりがちだから。

自分が傷つきたくない。
自分が損したくない。
自分が間違っていると思われたくない。

そういう気持ちは、普通に出てくる。
それを全部なくすなんて無理だと思う。

ただ、今どっちに矢印が向いているのか。
それを一回見るだけで、ずいぶん変わる気がする。

会話の途中でも。
仕事の途中でも。
誰かに何かを伝えようとしている時でも。

これは本当に相手のためなのか。
それとも、自分が安心したいだけなのか。

その問いを一度挟むだけで、言葉の出し方は変わる。
態度も変わる。
たぶん、相手に伝わる温度も変わる。

そして面白いのは、そのあたりを意識して人と接していくと、自分を取り巻く環境が少しずつ変わっていくこと。

いきなり劇的に何かが変わるわけじゃない。
でも、話がスムーズになったり、変な摩擦が減ったり、必要以上に力まなくなったりする。

意識という矢印の方向って、人に対しても、事柄に対しても、すごく重要なことなんだと思う。

逆に言うと、それが少しできるようになるだけで、見える世界が変わる。

だから、自分自身これからも見誤らないようにしたい。

相手に向けているつもりで、自分を守っていないか。
誰かのためと言いながら、自分の正しさを押しつけていないか。

何度でもそこに戻る。

矢印は、たぶん一度決めたら終わりじゃない。
話すたびに、動く。
関わるたびに、揺れる。

だからこそ、ちゃんと見る。

今日の自分の矢印は、どこを向いているのか・・・。


金のインディアン座 「裏運気の日」

金のインディアン座 2026年5月22日(金)「裏運気の日」

うっかりしていると、大きなミスをしたりだまされてしまうことがある日。「お得だから」と手を出すと、結果的に大損することもあるので、十分気をつけましょう。

出典:参考:五星三心占い/ゲッターズ飯田


うっかりミスって、何気にダメージが大きい。

うっかりじゃないミスももちろん凹むけど、うっかりミスは「なんでそこで気づかなかったんだろう」が後からくる。あの感じ、けっこう痛い。

だから今日は、まずうっかりしないように意識して過ごす。

それと、自分にとって気を付けないといけないのは「お得だから」の部分。

色んな分野の情報を見たり聞いたりしていると、ノウハウやマニュアルみたいなものを目にすることがある。

基本的には眺めているだけなんだけど、たまに「あれ、これ得なんじゃない?」と感じてしまう瞬間がある。

そして、そのページをブラウザで開きっぱなしにして悩んでいる自分がいたりする。

ありがたいことに、リアル世界で周りにいる人が多いから、相談できる。
そこで我に返ることができている。

踏みとどまれている。

もし自分がネット世界にどっぷりだったら、たぶん勢いで手を出して、結果的に役に立たなかったと感じることも多かったかもしれない。

本質で考えれば、リアル世界もネット世界も結局は人なんだけどね。

でも、ひとりでテンションが上がったり、不安を煽られてネガティブになったりした勢いで結論を出すのは危ない。

誰かに聞く。
相談する。
そのワンアクションは挟んだ方がいい。

不正請求や詐欺のパターンにも近いものがあるから、煽ってくるノウハウや、答えっぽいものを並べているだけのマニュアルには気を付けましょ、ということです。


※この記事は、金のインディアン座である厨房sanが、本音やモヤモヤをそのまま吐き出しているだけの場所。
自分への戒めも込めて。。。

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