雲月山に向かう人たち— 火入れを待つ春、4度目 —
雲月山の山焼き。3年続けて焼けていない。
それでも「今年はどうだろう」と言いながら、準備を進める。
3月、4月と実行部隊で集まり、活性化委員さんとも協議を重ねる。
ボランティアの受け入れも含めて形をつくっていく。
今回はエリアを3分の1に絞った。
近年の強風もあり、点火時間も早め、11時点火で準備を進める。
エリアが小さい分、人が多すぎても危ないため、これまでの参加者に声をかける形で募集をかけた。
申し込みは想像以上に多く、嬉しさと責任の重さがのしかかる。
さて、当日
天気予報に一喜一憂しながら、当日の朝起きると予報以上の雨だった。
6時の時点で、点火は見送る判断となる。
作業もどうなるかわからない。それでも「顔を見に行きたい」と現地に向かってくれるボランティアさんたちがいた。
9時前、班長ミーティングが始まる。イレギュラーな状況の中でも、「やろう」という空気が流れた。
初めてのエリアで戸惑いもあったが、安全に、交流も高まり、作業を終えた。
途切れずに続ける
全体説明をしていた恵照くんが、「新しい共同体」という言葉を口にしていた。
参加した若者から、地元のおいちゃんたちと話せるのが面白かった、という声もあった。
その場で交わされる何気ないやりとりに、場の空気がほどけていく。
地元の人も、外から来た人も、同じ雲月山に向いている。
立場も背景も違うのに、不思議と混ざりあうあの一体感はどこからくるのだろう。
役割が育つ
数年前から取り組んできたボランティアリーダーのしくみも、少しずつ定着してきた。
主体的に動くメンバーが増え、「点呼係」から一歩進んで、全体に目を配り、気を配る役割を担うようになっている。
若手の姿も見える。
「寄付を募りましょう」という提案も出て、実際に動き出した。
ジェットシューターを増やすための寄付を募る取り組みだ。
こうした動きには、正直驚かされた。
なんというか、うれしい。
次へ
山焼きの最大の難しさは天気にある。
そして「この日しかできない」という条件もある。
今年も火は入らなかった。
これで4年続けて、火入れのない春になった。
自然のことだから、どうしようもない。でも、どうにかしたい。
だから次に進む。
秋に防火帯をつくる、というアイデアが提案となる。
「火道ワークス」として、新しい動きを形にしていく。
焼けなかった年にも、残るものがある。











