「社長目線でやれ」という無責任──“全員経営”が機能する組織と壊す組織
「社長目線で考えよう!」
「みんなが経営者意識を持たないと、この先やっていけないぞ!」
会社で働いていると、一度くらいは耳にしたことがあるフレーズじゃないでしょうか。上司や経営層から、こんな風に発破をかけられること。言葉の響きはいいし、言ってることも一見もっともらしく聞こえます。

でも、実際のところ、この言葉を聞いて心から「よし、やってやるぞ!」って奮い立つ人、どれくらいいるんでしょう?
むしろ、こんな風に感じることの方が多いんじゃないかと思うんです。
「いやいや、社長と同じ権限も情報もないのに、どうやって社長目線になれっていうんだ…?」
「結局、責任だけ押し付けられて、給料もポジションも変わらないんじゃないの?」
「そもそも、うちの会社の経営陣、言ってることとやってることが、なんか違くない…?」
私自身、色々な組織を見てきましたが、この「社長目線」という言葉、使い方を間違えると、とんでもない“劇薬”になりかねないな、と感じています。
今回は、この言葉が本来持っている意味や、本当に「全員経営”が機能する組織ってどんな姿なのか、一緒に考えていけたらと思っています。
「社長目線」って、そもそも何? その本当の重み、理解してる?
まず、「社長目線」という言葉。
響きは軽やかかもしれませんが、実はものすごく重たいものなんですよね。
私なりに整理してみると、こんな感じ。
あらゆるステークホルダーに対してと、自社の経営責任や権限を持っているうえで、中長期を見据えたうえで、戦略を考え、短期的に(目の前のことを)推し進めていける視座
会社の5年後、10年後を見通しながら、日々の糧もしっかり稼ぎ出す。長期的な視点と、目先のことを力強く推し進める力、この両輪をバランス良く回すこと。
お金の流れ、組織の動かし方、人の育て方、市場の動き…あらゆる情報を頭に入れて、会社にとって一番良い道筋を考える力。どれか一つ詳しければいい、という話ではない。
そして何よりも、どんな決断を下そうとも、その結果に対する全責任を負う。言い訳も逃げ道もない、最終的な責任者としての立場。

これらは、経営の舵取りを任され、その権限と責任を両方ともしっかりと担っている社長だからこそ持てる視点です。
それを、現場の社員や課長クラスに「はい、君も明日から社長目線でよろしく!」と簡単に求めてしまうのは、少し、いや、かなり無理があると思いませんか?
「全員社長目線」が、いつの間にか“組織のキレイゴト”になってない?
経営者が「全員社長目線で!」と熱っぽく語るとき、その言葉の裏には、もちろん組織を本気で良くしたいという純粋な願いが込められていることも多いと思います。
でも、時には、言っている社長自身も、心のどこかで「自分の負担を少しでも軽くしたいな」とか、「リーダーとしての経験がまだ浅くて、どうメンバーを導けばいいか、実はちょっと自信がないんだよな…」なんていう、人間らしい本音や、あるいは自身の未成熟さからくる一種の逃げ道として、ついその言葉に頼ってしまう…なんてケースも、残念ながらあるのかもしれない。
そして、そんな経営者の本心や、言葉と行動のズレが透けて見えてしまうと、組織の中ではこんなことが起こりがちです。
私が見てきた中でも「よくある話」。
与えられる権限は今まで通り。でも、求められる責任だけは「社長並み」。いわゆる“社長目線で動け”と言われて、現場・中間管理職は「あんたみたいに役割も権限もないし、それに見合うだけの給料ももらってないし、責任を負って実績・結果を残しても、給料も上がらない、昇給もしない…」と萎えることがあります。
評価の基準はぼんやりしたまま。「社長目線で頑張っているか」なんて、気持ちや姿勢といった曖昧なもので測られてしまう。具体的な成果ではなく、「やる気の問題だ」みたいに。
経営サイドの言動の不一致が起きるとそもそも噛み合わないことがあります。
必死に成果を上げても、それが給料アップや昇進に結びつかない。「頑張っても報われないじゃないか…」と、モチベーションが下がるのも無理はありません。まさに、心が折れてしまうような状況ですよね。そもそも、より大きな責任を負い、リスクを取って行動するには、それに見合うだけのリターン(報酬、権限、成長の機会など)がなければ、誰も本気で「社長のつもり」で仕事に取り組もうとは思えませんよね。
こんな状態では、「社長目線」を持つどころか、現場の士気は下がる一方。
だって、人は「責任だけを押し付けられる」「リスクとリターンが見合わない」という理不尽さには、なかなか納得できないものですから。

でも、ちょっと待って。働く側の意識にも、課題はないだろうか?
ここまで、どちらかというと「社長目線でやれ」と言う側の問題点に光を当ててきました。
でも、物事は常に両面から見る必要がありますよね。
この「社長目線」という言葉が空回りしてしまう背景には、もしかしたら、私たち働く側の意識にも、何かしらの課題が潜んでいるのかもしれません。
例えば、こんなことはないですか?
「どうせ言っても変わらないし…」という諦めムード。会社や上司に対して、最初から期待することをやめてしまって、思考停止に陥ってしまっている。
「それは私の仕事じゃないんで」という他人事感。自分の担当業務の範囲だけに閉じこもって、それ以外のことに無関心。チームや会社全体の成功よりも、自分のテリトリーを守ることを優先してしまう。
変化を恐れ、現状維持を心地よく感じてしまう。新しいことへの挑戦や、やり方を変えることに対して、無意識にブレーキをかけてしまう。
言われたことだけをこなす、受け身の姿勢。自ら課題を見つけたり、改善提案をしたりするよりも、「指示待ち」の方が楽だと感じてしまう。
不平不満は言うけれど、じゃあ自分はどうするのか、という当事者意識の欠如。環境のせい、誰かのせいにするのは簡単ですが、そこから一歩踏み出すエネルギーが湧いてこない。
もちろん、これらがすべて個人の責任だ、と言うつもりは毛頭ないです。組織の風土や過去の経験が、そうさせてしまっている部分も大きいでしょう。
ただ、「社長が悪い」「会社が悪い」と嘆くだけでなく、自分自身の働き方や意識のあり方にも、ほんの少し目を向けてみる。そうすることで、見えてくる景色が少し変わるかもしれません。
「どうせ無理だ」と最初から諦めるのではなく、「じゃあ、自分に何ができるだろう?」と小さな一歩を踏み出してみる。その積み重ねが、結果的に自分自身の成長や、ひいては組織全体の変革に繋がっていくのではないでしょうか。
社長は常に孤軍奮闘しているもの。その精神的な重圧は、社員には到底想像もできないようなレベル。だからこそ、社員も思いやりを持って社長の力になり、肩の重荷を少しずつでも降ろしてあげることができれば、それこそ社長目線に近づき、全員経営になると私は思ってます。

本当の「全員経営」が成り立つための“3つのカギ”と“1つの心構え”
さて、少し話が横道に逸れましたが、本題に戻りましょう。
「全員経営」というのは、単なる理想論や絵に描いた餅ではないです。
きちんと設計されて、みんなが同じ方向を向くことができれば、ものすごく強い組織になる可能性を秘めています。
では、どうすればいいんでしょうか? 私が思うに、大切なのは「視座・責任・報酬」という3つのカギ。これらがしっかりと連動していないと、うまくいきません。
視座をストレッチする
いきなり「社長になれ」は無理でも、「自分の今の立場から見て、1つか2つ上の役職の人は、今何を考えているんだろう?」と想像してみる。そういう“1〜2階層上の思考”を促すのは、現実的で有効なアプローチだと思います。
部下の役割というのは上司やさらにその上の上司を支えて(支援して)成果を出すこと。
また、1~2階層上の視点で仕事をすると、上司やさらにその上の上司のことを理解できるようになり、仕事をするうえでボタンの掛け違いが起きにくくなります。
責任と権限をセットで委ねる
その「1〜2階層上の思考」に見合うだけの裁量権や判断権を、少しずつでもいいから渡していく。
ポジションごとに適切な権限と責任を与えたうえで、同じ方向を見据えて動ける企業は、「全員経営」が成立しやすいでしょう。
報酬を明確に連動させる
出した結果やそこに至るプロセスに対して、昇給や昇格といった形でしっかりと報いる。精神論だけでは人は動きませんからね。
「精神的な満足」「社会的な承認」「金銭的な対価」、この3つのバランスが重要です。
特に、より大きな責任を担い、リスクを取って挑戦することを求めるのであれば、それに見合うだけの裁量権の拡大、成長の機会、そしてもちろん待遇面でのリターンが明確でなければ、社員は安心してアクセルを踏み込めません。
リスクとリターンが見合ってこそ、人は困難な課題にも前向きに取り組めるもの。
今現在、それのバランスが取れなくても、どのような状態になったら、責任に見合う報酬が得られると理解できれば重荷にはならないでしょう。

そして、もう一つ、とても大事なのが、組織全体が同じ夢(ビジョン)を共有し、「みんなで成功を掴み取ろう!」という気持ちで一つになっていること。
誰か一人が目立つのではなく、チーム全体、組織全体が前に進むことに喜びを感じられるような文化。
経営の軸やヴィジョン、目指すべき方向性がぶれておらず、役割や権限・責任やミッションが明確である場合、うまくいくケースが多いです。
例えば、私が過去に勤めていた株式会社光通信。
なかなか個性的な会社なので、良くも悪くも色々言われることが多い会社ですが、良い面も沢山あります。
株式会社光通信には三大主義という経営理念があり、その中の1つに「集団成功主義」というものがあります。
組織全体の成功を重視し、個人の成果よりもチーム全体の成果を優先するというものがあります。これが意識できないと経営目線にはなりにくいと言えるでしょう。
「1〜2階層上の視点」を持つって、具体的にどういうこと?
現場の社員や課長クラスにとって、「いきなり社長の気持ちを理解しろ!」と言われても、それは戸惑うのが当然です。でも、「自分の1つ上、2つ上の上司や先輩は、今どんなことを考えて、何に困っていて、何を達成しようとしているんだろう?」と想像することは、すごく現実的で、しかも非常に役に立つんです。
これができるようになると、
「ああ、今の上司の指示には、こういう背景があったのか」と、意思決定の裏側にある意図が見えてきます。1~2階層上の視点で仕事をすると、上司やさらにその上の上司のことを理解できるようになり、仕事をするうえでボタンの掛け違いが起きにくくなります。
自分の仕事が、会社全体のどの部分に貢献していて、自分の役割の「川上」で何が起きているのかを理解できます。
上司やチームが成果を出すために、自分がどう動けば効果的にサポートできるか、足りない部分をどう補えるか、先を読んで行動できるようになります。
結果として、周りからの信頼も評価も自然と高まり、「あの人は物事の本質をよく分かっているな」と、次のステップに進むチャンスも増えてきます。1~2階層上の視点で仕事をできるようになることで、それをふまえた実績を残しやすくなり、実際に昇格・昇給できるチャンスが増えます。
仕事で起こる「ボタンの掛け違い」って、こういう視点のズレから生まれることが多いんですよね。
だから、この「1〜2階層上の視点」を持つことで、組織全体の歯車がよりスムーズに噛み合うようになる。
いわゆる“経営センス”みたいなものって、こういう日々の積み重ねから、少しずつ磨かれていくものなんじゃないかな、と思います。
例外もある!「仮想社長」として覚醒する、特別な瞬間
ただ、一つだけ例外的なケースがあります。それは、特定の誰かに、会社の命運を左右するような非常に重要なプロジェクトや、まったく新しい事業の立ち上げが「君に任せた!」と託された時。
この時ばかりは、役職や社歴なんて関係ありません。本気で「もし自分がこの会社の社長だったら、どう判断し、どう行動するか?」と考え抜き、実行に移す必要があります。
なぜなら、その瞬間、その人には一時的にせよ“経営の代理人”としての役割が与えられるからです。
この「仮想社長」とも言える経験は、
その人のキャリアにとって、間違いなく大きな転換点になりますし、
とてつもないプレッシャーの中で、否が応でも経営的な視座が鍛えられますし、
もし成功すれば、周囲も目を見張るような評価と、大きな自信に繋がります。
この状況を「うわ、責任が重すぎる…」と感じるか、「よし、これは大きなチャンスだ!」と捉えて燃えるか。この意識のスイッチの切り替えこそが、本当の意味で経営視点を手に入れるための一歩なのかもしれませんね。
もちろん、これも「責任と報酬のバランス」が取れていることが大前提。
今は大変でも、これを乗り越えれば正当に評価されるという納得感があればこそ、人は「重荷」ではなく「チャンス」だと感じられるものです。

「全員経営」が“本物”になるのは、どんな組織?
では、「全員経営」が単なるスローガンや掛け声で終わらず、“本物”として機能するのは、一体どんな組織なんでしょうか。
それは、「経営的な視点で物事を考え、主体的に行動し、きちんと結果を出す人」を、会社が本気で正当に評価し、その努力と実績に対して、精神的にも、社会的にも、そして金銭的にも、しっかりと報いる組織だと、私は思います。
言葉遊びになって言っているだけになっていないかどうかは、一つのチェックポイントです。
実際に上層部から現場まで一貫て共通の会社の思想になるまで、落とし込む必要があり、それは経営者自ら背中を見せ、言動を一致させ、経営視点を持って取り組んで、実績を残せる人はトコトン贔屓して昇進・昇格・昇給させるべきです。
できる人への贔屓はするべきで、それにより周りにもいい影響を与えます。
えこひいき? ええ、それはあっていいと思いますよ!
ただし、それは「あいつは俺と同じ大学出身だから」とか「古くからいる功労者だから」とか「前の会社で世話になったから」みたいな、個人的な感情や馴れ合いに基づくものであってはいけません。
先輩だから、年上だから、良い大学出ているから、いい会社出身だからという贔屓で引き上げるのではなく、結果・実績・プロセスをもって引き上げるべきです。
全員に「社長と同じ結果を出せ!」と求めるのは現実的ではありません。
でも、全員が「会社をより良くしたい」という同じ方向を向き、それぞれの持ち場で、それぞれの視点から、自分ができるベストを尽くす。
この共通認識と、それを実現するための仕組みがあって初めて、「全員経営」は絵空事ではなくなるんです。

現場で「経営視点、ちょっと意識してみようかな」と思ったあなたへ
もし、あなたが今、現場で働いていて、「ちょっと経営視点というものを意識してみようかな」と感じてくれたなら、まずはこんなことを自分自身に問いかけてみるのはどうでしょうか。
経営とはなにか、責任とはなにか、どうやって自分のお給料がもらえているのか。
どうやって自分たちはこの会社で生きていて、どうやって顧客や社会に価値提供しているのか。
自分の言動により周囲、会社、各ステークホルダーにどういう影響を与えるのかを意識するところから始めてみましょう。
こんな問いを、日々の忙しい業務の中で、ふと立ち止まって自分に向けてみる。そうすると、不思議と、自分の視野が少しずつ広がり、視座が高まっていくのを感じられると思うんです。何も経営者にならなくても、会社経営とはなにかということはおおまかにでも学ぶべきでしょう。
最後に、私たち自身に問いかけてみたいこと
組織をより良くしたい、そこで働く一人ひとりがもっと輝けるようにしたい。そのために「全員が社長目線で」という言葉が使われることもあります。
経営に携わる方々は、「社員が本当に当事者意識を持って考え、行動できるような環境や、その努力が正当に評価され報われる仕組みが、果たして十分だろうか?」と、時折立ち止まって考えてみることが大切なのかもしれません。
そして、組織の一員として働く人たちもまた、「もしそのような環境があるのなら、それをどう活かせるだろうか?」「もし現状がそうでないなら、より良い方向にどう働きかけていけるだろうか?」と、自分自身の役割や行動について思いを巡らせてみるのも、意味のあることではないかと思う。
言葉だけが先行し、実態が伴わなければ、どんな立派なスローガンも空虚に響いてしまいます。
大切なのは、それぞれの立場で何ができるかを考え、言葉と行動を一致させていくこと。そうして初めて、組織も人も、共に健やかに成長していけるのかもしれません。
あなたの会社やチームにおける「全員経営」という言葉、あるいはそれに類する考え方は、一体誰を照らし、どのような未来に繋がっているでしょうか。

この記事が、経営する立場の方にとっても、現場で働く方にとっても、ご自身の組織や働き方について、何か新しい視点や気づきを得るための一助となれたら、嬉しいです。
