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監督「堤さんと山田さんしかいなかった」映画『木の上の軍隊』ティーチイン付き舞台挨拶レポート(警告後ネタバレあり)

映画『木の上の軍隊』のティーチイン付き舞台挨拶が、7月12日 (土) に沖縄県のシネマライカムで開催された。平一紘監督と俳優の津波竜斗氏が登壇。沖縄戦の描写へのこだわりや、各シーンに込めた意図、平和への思いなどについて語った。

左より 平一紘監督、与那嶺幸一役を演じた津波竜斗氏

ここでは、ティーチインでの観客との質疑応答の一部を、はじめにネタバレなしの内容、その後にネタバレを含む内容と分けて掲載する。(映画会社より許可を得て掲載。)

終戦に気づかないまま2年間も木の上で生き抜いた2人の日本兵の実話に着想を得た井上ひさし原案の同名舞台劇を、堤真一と山田裕貴の主演で映画化。

太平洋戦争末期の1945年。沖縄県伊江島に米軍が侵攻し、激しい攻防の末に島は壊滅的な状況に陥っていた。宮崎から派兵された山下一雄少尉と沖縄出身の新兵・安慶名セイジュンは敵の銃撃に追い詰められ、大きなガジュマルの木の上に身を潜める。圧倒的な戦力の差を目の当たりにした山下は、援軍が来るまでその場で待機することに。戦闘経験豊富で厳格な上官・山下と、島から出た経験がなくどこか呑気な安慶名は、噛みあわない会話を交わしながらも2人きりで恐怖と飢えに耐え続ける。やがて戦争は終結するが2人はその事実を知るすべもなく、木の上で“孤独な戦争”を続ける。

映画.comより

――平監督が『木の上の軍隊』を制作することになった経緯を教えてください。

平監督:プロデューサーの横澤さんが2年前にこの企画を持ってきてくれました。『木の上の軍隊』という舞台を映画化したいと。僕はそのとき、映画が撮りたくてしょうがなかったので、二つ返事でお受けしたのですが、その後で、沖縄戦についての戦争ものということで、少しだけためらいが出てきました。正直それまで、沖縄戦というものとまともに向き合ったことがなかったからです。

でも、舞台版の『木の上の軍隊』を観たときに、その不安が払拭されました。これは、沖縄戦の戦略や戦況を描いた物語ではなくて、沖縄戦を背景にした、二人の男のヒューマンドラマだった。しかも、すごくユーモラスで、そして何よりも「希望」の物語だと感じたんです。これなら、今の自分が挑戦しても良いものにできる、面白い映画にできるという勝算が見えました。それで、この映画を作ろうと思うことができました。
 
――戦闘シーンの迫力に驚きました。撮影で苦労されたことや、工夫されたことはありますか?

平監督:戦闘のシーンは、冒頭30分に凝縮して詰め込みました。爆破や発砲を自分の映画で使うのはこれが初めてでした。

予算には限りがあるので、いわゆるハリウッドの大スペクタクル戦争映画みたいに、バンバン爆発させて、ガンガン飛行機を飛ばしてということはできなかったんですが、この映画は、そういう戦局を描く映画ではそもそもなかったんですね。かなりミクロな世界、木の下を這う蟻を近くで見るような映画にしたかったので、たくさんの人が同時に亡くなるというよりは、一人ひとりの死に注目するような形で、戦闘シーンも含めて描写していったつもりです。どちらかというと、広がりのあるスケール感を見せるよりは、要所要所での局所的な戦闘というところを作っていったつもりです。
 
津波(与那嶺幸一役):あの戦闘シーンは、与那嶺にとっては、初めて自分に近い人間が亡くなったことを知る場面で。そこで初めて、本当に戦争が近くまで来たんだと実感した、そんな感覚で演じたことをよく覚えています。
 
平監督:この映画の戦闘シーンは、どう見ても日本軍が勝っているようには見えないシーンばかりになっていて。あの太平洋戦争末期というのは、どうしたって日本が勝てるわけがない戦況だったので、その意味では、史実に基づいた嘘偽りない映像を撮ったつもりです。
 
――飛行場建設現場での岩の爆破も迫力がありました。

津波:あのシーンは、監督からは「与那嶺は、新兵の安慶名と違って爆破に慣れているから、驚かないで」と言われていたんですが、思っていたよりも60 倍音が大きくて、素で驚いてしまいました。そのテイクがそのまま使われています(笑)
 
平監督:あの爆破はCGを足していなくて。本当にテンションが上がりました。操演(爆発や煙などの特殊効果を担当する部署)のスタッフもすごく楽しそうでしたね(笑)
 
――いちばんお金がかかったシーンは?

平監督:主人公の二人が身を隠すガジュマルの木を作ったことです。伊江島のミースィ公園に、本物のガジュマルを複数本重ね合わせて、あの巨大なガジュマルをつくりました。あの木は今でもミースィ公園に立っているので、伊江島に行かれた際は、ぜひ見てもらいたいです。

©2025「木の上の軍隊」製作委員会

――堤真一さんと山田裕貴さんが、人間として弱かったり無様だったりする役柄を演じていることが印象的でした。

平監督:お二人とも、どんな役でも受けられる役者さんだと思いますが、この役を受けてくださったのは、やっぱり意義を感じられていたからだと思います。

お二人とも、俳優をされているからだと思いますが、自分にとって決して身近ではない物事に対して共感する能力がすごく高くて。この沖縄戦に関しても、ものすごく身近なこととして感じられていたんですね。だからこそ、当時の日本兵の価値観に自分の意識をシンクロさせたりとか、当時の伊江島の青年に自分の魂を近づけるということができたのかなと思うので、改めて、この役を演じられるのは、あの二人しかいなかったなと思います。
 
――山田裕貴さんの自然なうちなーぐち(沖縄の方言)が印象的でした。どのように準備されたのですか?

平監督:当時の沖縄では、軍人の前でうちなーぐちを使うと罰を受けることもあったので、山田さん演じる安慶名は、基本的には与那嶺の前以外では方言を話さないという形にしました。

それでも、沖縄の訛りは入れたいということで、今回、今科子さんに方言指導に入っていただきました。その他にも、僕も含めてスタッフがほとんど沖縄県民というのもあって、現場でも皆で話し方を直せる環境がありました。山田さんに関しては、クランクアップの頃には、ほぼネイティブ並みになっていました。
 
――本作の制作を通して、戦争に対する思いに何か変化はありましたか?

津波:与那嶺幸一という役を通して、家族や周りの人たちが次々と命を落としていくという状況を体験して、こういう悲惨な時代が本当にあったのだと改めて思いました。あの時代を必死に生き抜いた人たちがいたからこそ、僕たちは今こうして生きているので、先人の歩みに感謝しなければと改めて思いました 。

平監督:映画のための2年間の取材の中でいちばん大きく変わったのは、戦争に対する意識でした。それまでは、どこか対岸の火事というか、自分の身には降りかかることのないものだと思っていました。ですが、この映画をきっかけとして、たとえばガザの状況にしても、今の世の中は全く平和ではないということに気づかされました。

それまでは、映画はエンターテイメントとして楽しく撮るものという意識が強かったのですが、今回は原作があって、そこに込められた思いをちゃんと理解しようとしたときに、自然と意識が変わっていった。実は僕自身が、この映画を通していちばん成長させてもらったのではないかと思っています。なので、かつての僕のように戦争を遠くに感じている人や、あまり関心がない人にも、この映画を届けたいと思っています。
 
以下の質疑応答には、映画のネタバレとなる内容が含まれます。

















――安慶名がハブに噛まれて幻想を見るシーンで、安慶名が与那嶺に泣きつく場面では、津波さんは、与那嶺のどんな気持ちを想像して演じましたか?

津波:あれは多分、いちばんプレッシャーがかかったシーンでした。監督から「与那嶺は亡くなっているので、絶対に感情は出さないで」と言われていて。なので、絶対に泣いてはいけなくて。山田さんが泣きながら(感情の)パンチをズバズバ打ってくるんですけど、撮り直しにならないように、顔色ひとつ変えずに耐えるのが大変でした。
 
平監督:そのシーンは、与那嶺は感情を出さないというふうに演出したんですが、一方で、兵舎の前で安慶名が与那嶺の幻想を見るシーンでは、感情を出す方向で津波さんに演じてもらいました。このシーンは、元々は結構あっさりと終わる予定だったんですが、撮影前の段取りのときの山田さんの演技が、思っていたより何倍もエモーショナルなもので。それは、安慶名という役を生きていたら、自然とそうなったということなんですが。それで、こっちの方がいいなと。そうなると、いくら幻想とはいえ、津波さんも山田さんの芝居を受けないのはきついということで、津波さんにはあんなふうに演じてもらいました。結果として、結構良いシーンになったと思っています。
 
――上陸した米兵に追われて、安慶名と与那嶺が最後に別れる場所と、与那嶺が亡くなった場所が違うのはなぜでしょうか?

平監督:与那嶺が、あの木の下までどういうふうに行ったのかというのは、僕の中ではちゃんと答えがあります。与那嶺は、安慶名と別れたあの丘で、アメリカ兵の流れ弾を食らっていると思います。でも、それではまだ死なずに逃げ続けて、あの木の下までたどり着き、そこで息絶えたということかなと思っています。

なぜあの場所まで行ったのかというと、やっぱり安慶名の気配を感じたからだと思うんです。安慶名の声が聞こえていたんじゃないかなと。小説版を読まれた方はご存じだと思いますが、与那嶺と安慶名は本当に強い絆で結ばれているので、与那嶺は夜通し安慶名を探し続けたのだと思います。なので、彼があの場所で死ぬというのは、ある種の運命だったのだと思います。

僕が好きなシーンがあって、山下上官があの岩を見て思い出すんですよね、与那嶺がそこで死んでいたということを。それまで彼に何の興味も示していなかった上官が、そこでふと、「与那嶺はなんて言おうとしたんだ?」と安慶名に聞くんです。なので、与那嶺というキャラクターがあの場所で亡くなることには、物語的な必然性もありました。


映画『木の上の軍隊』は全国劇場にて公開中。
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