映画を観るということ
予てからイタリア映画は凄いと感じて已まないものがありました。
現在『漁港口の映画館 シネマポスト』で公開中のダミアーノ・ミキエレット監督作『ヴィヴァルディと私』(※8月21日迄上映)について、ある種イタリア映画の決定版と言っても過言ではありません。
大作感をストレートに感じさせるのは、なんと言ってもキャストとエキストラ、その登場人物の多さを随所に極めています。加えて18世紀設定の時代ものであれば尚更、美術・衣装は重要です。まさに惜しみのない演出が施されています。当然画面に人が溢れるということは彼らをケアするスタッフの数も必要増になります。
現在『黒牢城』が大ヒット中の黒沢清監督の嘗てのコメントに、‘良い映画に共通するのは、画面に見えないスタッフの多さを感じさせる映画である’と読んだことがあります。つまりはそれだけ気配りと目配りが行き届いた現場であることの証左だと捉えられるのです。
比較的イメージで時代大作が際立って見える感のイタリア映画にはやはりヴィスコンティ、フェリーニを生み出した矜持とプライドを感じます。‘これぞ映画’という大衆芸術への深度が尋常ではありません。
さらに『ヴィヴァルディと私』については無論、クラシック音楽が存分に取り扱われています。協奏曲、バロック、オペラのバリエーションをシーンに応じてヴィヴァルディ楽曲が見事な映像で現代に蘇っています。拘りが微に入り細にわたる素晴らしさとしか言いようがない点、聴きどころ且つ観どころです。
一部、VFXでの補強もありますが、映画のダイナミズムに立ち返ることに本作は成功しています。
これは、本作監督のダミアーノ・ミキエレットがオペラ演出家としての突出した力量に拠ります。映画フィールドでも発揮された彼の手腕に頷けるものがあります。
原作の映画化でもある本作においては、小説には表現がやや希薄とされたヴィヴァルディを、人間ヴィヴァルディとして重要な構成の軸にしています。これにより彼の栄達をひたすら求める音楽家としてのアイデンティティ、その苦悩も見応えのあるものに昇華されています。
18世紀という時代背景、その秩序と封建制度の中で懸命に生き抜こうした人物たちの躍動感と挫折、その心情の行方と、様々な多層構造で物語は哀歓を観る者に与えつつも、やはり‘考える’という行為に収斂されていきます。
映画を単なる娯楽という見方だけで、時間つぶしにするには余りにももったいなく、観るということが実は克己心にも繋がる、大切な時間を過ごせる方法の一つでもあるのではないかと、『ヴィヴァルディと私』の感動の余韻がしばらく続いていくのだと感じた次第です。
漁港口の映画館 シネマポスト 現在上映作品『ヴィヴァルディと私』のご紹介(8月21日迄公開)】

イタリア・フランス合作
原題または英題:Primavera
配給:彩プロ
劇場公開日:2026年5月22日
【スタッフ】
監督:ダミアーノ・ミキエレット
製作:ニコラ・ジュリアーノ、フランチェスカ・シーマ、カルロッタ・カローリ、ビオラ・プレスティエリ 原作:ティツィアーノ・スカルパ 脚本:ルドビカ・ランポルディ、ダミアーノ・ミキエレット 撮影:ダリア・ダントニオ 美術:ガスパーレ・デ・パスカーリ 衣装:マリア・リータ・バルベラ 編集:バルテル・ファサーノ 音楽:ファビオ・マッシモ・カポグロッソ
【キャスト】
チェチリア/テクラ・インソリア
アントニオ・ヴィヴァルディ/ミケーレ・リオンディーノ
監事/アンドレア・ペンナッキ
院長/ファブリツィア・サッキ
ラウラ/イルデガルド・デ・ステーファノ
マリエッタ/コジマ・チェントゥリオーニ
アニェーゼ/フェデリーカ・ジラルデッロ
カテリーナ/レベッカ・アントナーチ
マッダレーナ/キアラ・サッコ
デンマーク国王/ミコ・ハーリー
エリザベッタ・パロリン/バレンティーナ・ベッレ
サンフェルモ/ステファノ・アコルシ
18世紀初頭、作曲家ヴィヴァルディがベネチアのピエタ院にバイオリン教師として赴任した実話を題材に、彼の指導のもと才能を開花させていく孤独な少女の成長と、己の才能が評価されることを渇望するヴィヴァルディの内なる野望を描いたドラマ。
イタリアのテレビドラマ「アート・オブ・ジョイ」で注目されたテクラ・インソリアがチェチリア、「眠れる美女」のミケーレ・リオンディーノがヴィヴァルディを演じた。監督・脚本を手がけたのはイタリアを代表するオペラ演出家で、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックの開・閉会式でクリエイティブディレクターを務めたダミアーノ・ミキエレット
