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好きな作品に出会える、という稀有な夜

好きなものがある……というのは、それだけで既に、幸運極まりないことである。好きなものがあるためには先ず、好きだと思えるものに出会わなければならないけれど、その出会いを計画的に遂行するのはむずかしい。

たとえば美術に興味があるからといって、美術と名のつく全ての作品を愛せる人なんていないだろう。むしろ好きな作品があるからこそ、どう頑張っても好きにはなれないものもあるし、よほどの博愛主義者でない限りは後者のほうが多いんじゃないか。

即ち「好き」に出会うためには、無数の「ちょっと好き」「そこそこ」「ふつう」「さっぱりわからん」「好きではないが、好きな人がいることは理解できる」「好きじゃないのに気になってしまう」「好き嫌い関係なく付き合わねばならない」「出来れば視界に入れたくない」「存在を思い出しただけで体調を崩す」等との悲喜こもごもな出会いを通り過ぎていかなければいけないし、10代の頃に「さっぱりわからん」と思っていたものが30代になって途端に愛おしく変化したりもする。

自分の状況が悪ければ、もしくは出会い方が悪ければ、好きになるはずの作品にも、好きという感情を抱けないこともある。だから世に存在し、今日も増え続けている無数の芸術作品の中から「好き」に出会うことは安易ではないし、だからこそ好きな作品があるというのは、実に幸運で幸福なことなのだ。

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私の好きな音楽の1つに、ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』があるのだけれど、その曲に出会ったのは演奏会や音源を通して……ではなく、三田誠広の小説の中だった。

希死念慮のある15歳の少年が、余命短い15歳の少女の前でその曲を弾く……という、なんとも繊細で儚い演奏会の場面があり、その美しさに魅了されて好きになった記憶がある。もちろん、その曲を病人の前で演奏するなんて不謹慎だと少年は躊躇するのだけれど、たしか少女は「私は王女じゃないから大丈夫」とそれを弾かせていたような……。

その物語を読んだのは私が主人公よりも少し若い頃だったのだけれど、家の本棚にその小説があり、そしてラヴェルの音源もあり……という幸運の上で、ひとつの「好き」を獲得できたのは非常に幸運なことだった。

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そんな『亡き王女のためのパヴァーヌ』が演奏されるということで、昨日、ピアニストの務川慧悟さんの演奏会に行ってきた。務川さんは先日、ラヴェルのピアノ作品全集を出されたばかりで、それのお披露目会を彼の大好きな響きの浜離宮朝日ホールで、ということだった。演目の中には、パヴァーヌの他にもラヴェルのソナチネや夜のガスパールもあって、私はそれらをとても楽しみにしていた。

けれども一曲目。ちっとも目をつけていなかったラモーの『ガヴォットと6つのドゥーブル』が始まったそばから、魅せられてしまった。頭の中には、途端に欧州の秋の終わり、少しだけ紅葉が残った黄土色の寂れた街並みが現れて、あぁ、これは私の好きな景色だ……と、その物悲しさの中で嬉しくなったのだ。


ハマスホイの絵画にも通じるところがあるような、ある種、禁欲的で正しい規則の中にある、密やかな美しさ。おそらくこの曲が作られたときは「禁欲的」な解釈ではなかったかもしれないけれど……300年以上前、まだピアノのない時代にチェンバロのために作曲された曲を、うんと豊かな表現が出来るピアノで現代の演奏家が正しく弾くというのはなんとも禁欲的であるように思えて、それがたまらない程に魅力的なのだ。


帰宅後、他の奏者が演奏する『ガヴォットと6つのドゥーブル』もいろいろと聴き比べてみたけれど、中でも務川さんの演奏は実直で、私の好きなものだった。好きになるべき曲を、好きな演奏で、好きだと認識できるなんて、なんて幸運な夜なのだろう! と嬉しくなってしまった。


そして冒頭に「好きな作品との出会いを計画的に遂行するのはむずかしい」と書いたけれど、もしかしたら、私の文章を好んで読んでくれている人は、彼の演奏も好きなんじゃないかしら。そうであって欲しいという思いと、そうであるに違いないという確信を持ちつつ、寒い日の夜によく似合う曲を是非聴いてみてください。






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ハマスホイの絵画含め、好きな美術作品のお話はこちらに。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』が出てくる三田誠広の小説。



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