見出し画像

だから、『ぐりとぐら』には勝てない訳で……


「いや、新刊を売るのは本当に楽じゃないんだよ。親は自分が好きだった絵本を買い与えたくなるでしょう。だから、僕らはどれだけ頑張っても『ぐりとぐら』には勝てない訳で……」

2011年の春。昼下がりのデニーズ南青山店で、会社の先輩が当時まだ大学生インターンだった私に渋い口調でそう伝えた。彼は新卒からしばらくの間、出版社で絵本の営業をしていたらしい。そこで私が「あたらしい絵本を売る仕事って、楽しそうですね」となんの考えもなしに言ったところ、彼はそれがどれだけ難しい仕事か、そして『ぐりとぐら』がいかにその地位を確立しているか……ということを力説し始めたのだ。


「去年の3歳と今年の3歳はね、メンツが違うんだよ」そう彼は続けた。
『ぐりとぐら』の対象年齢は3歳〜とされているけれど、3歳の子どもの顔ぶれはもちろん、毎年変わる。それが出た昭和43年にも、私が3歳だった平成3年にも、そして今年も、来年も、再来年も……半永久的に、3歳を迎えた子どもたちの人生に、『ぐりとぐら』は登場し続けるのだ。そしてその子が親になり、また絵本に再開する頃に、「あぁ懐かしい、これにしましょう!」とまた受け継がれていくのである。なるほど……それは強すぎる。

もちろん『ぐりとぐら』だけじゃない。『いないいないばあ』も『はらぺこあおむし』も『ねないこだれだ』も不動の地位を確立している。さらに少子化、子ども向けコンテンツの多様化、そして不況……。そうした悪条件の中であたらしい絵本を売るというのがいかに難しい仕事か。それは業界経験のない大学生でもよく理解できた。私たちはそんな話をしながらデニーズで軽い昼食を済ませて、取材先の美術館に向かった。


──

そこから12年後の春、34歳になった私は近所の図書館の児童書コーナーで、かなり険しい顔をしながら大量の絵本を読んでいた。

というのも、以前書いた"「児童書はその子の一生の地下水になる」と言われてみれば" というnoteを読んだ地元図書館の方から、是非こうしたテーマでお話をしてくれませんか、と頼まれ二つ返事で引き受けてしまったのだけれども……

先のnoteで紹介している絵本はどれもとても素晴らしいものばかりではあるのだけれど、その全てが私が子どもの頃に読んだもの。つまり、出版してからかなりの年月が経った大御所ばかりだ。そこであの日の先輩の「新しい絵本を知ってもらうのは、難しいんだよ」という先輩の言葉と、苦い表情を思い出す。


私は、新しい絵本をほとんど知らない。それに、ここ数十年で世の中の価値観はどんどん変わっているのだから、時代に呼応した絵本も沢山出ているはずだ。昔の記憶を擦り続けるだけじゃあなくて、もっと知っている絵本の数を増やさなくちゃならないな……と思って、ひとまず絵本のある場所に行き、とにかく沢山読みまくることにした。


まずは図書館。あえて好きな作家さんのものを外して、片っ端から読んでいく。10冊、20冊、30冊……。うーーーん、なかなか、傑作だ! と思えるようなものに巡り会えない。というか、「子どもって、こういう話が好きなんでしょう」というありがちな流れに終始したり、もしくは育てる側にとって都合の良すぎる 〝教訓〟 が、そこかしこに散りばめられていたり……。だんだん「子どもを舐めるなよ?」と苛々してきてしまって、般若の顔で児童書コーナーに一人居座るやばめの女になってしまった。


もう少し、選書がされている場所に行こう。そう思ってとある都内の絵本屋に行ってみた。中に入ると、素晴らしい絵本が並……いやそれ以上に、空間を支配している思想が強い。◯◯は悪。◯◯こそ善……と、世界を二極化して勧善懲悪的な物語にしてしまう絵本の多いこと。

ここから先は

1,233字 / 1画像

暮らしや文化芸術、社会問題について私の視点で思案しつつ、エッセイとして月三本程度お届けします。最近は…

『視点』エッセイ月3本

¥500 / 月

『視点」エッセイ月3本と、不定期散文も。

¥700 / 月

※2022年8月移行はnoteの新機能「メンバーシップ」に移行していくため、定期購読マガジンの新規購読は可能ではありますが、お勧めしません。メンバーシップへの参加をお勧めします。そちらではエッセイ以外にも、掲示板にて散文などを公開していく予定です。あと、メンバーシップは運営マージンが低いので私が単純にありがたいです。

暮らしや営みの中で零れ落ちそうなことを掬い上げたり、心や脳に浮かんだ閃きを忘れないよう書き留めたりする、思考や思想の直売所のようなものです。

新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。