秋の夕暮れ、桔梗の花
台風が湿気と暑さを連れ去り、でもまた汗ばんできたかと思ったら涼しくなり……。そうした日々を繰り返している間に蝉たちの命も果てたらしく、あれほど鬱陶しかった夏が終わることに身勝手な寂しさを感じてしまう。秋はいつも、寂しさを抱えて始まる。
そんな中、秋のために……と頼んでいた絵が届いた。作品を包む薄い和紙を捲ると、そこには端正な桔梗の花。

桔梗は夏から咲き始めるけれど、万葉集の中では秋の花とされている。
朝顔は朝露負ひて咲くといへど
夕影にこそ咲きまさりけれ
(朝顔は、朝露を受けて咲くというけれども、夕方の薄暗さの中でこそ、その美しさが際立つものです)
今日の私たちが朝顔として親しんでいるその花は、当時はまだ渡来していない。そのため、ここで詠まれている「朝顔」は秋の花である桔梗のことである、という説が濃厚なのだとか。だからこれは夏ではなく、秋の歌。そして作者は朝の清々しさではなく、夕刻の侘しさに美しさを見出している。あぁわかるな……だなんて、千何百年も昔の知らぬ人の心に共感してしまう。

この絵は京都に住む画家、森夕香さんが描いてくれたもの。彼女は、岩絵の具で植物画を描くことをここ数年のライフワークにしている。その所以を効くと、私たちの母校である京都市立芸術大学がこの秋に京都駅の東隣に校舎を移転するため、その建設予定地に自生していた草花を描き留めておきたかった、ということらしい。植物たちの肖像画のように、もしくは遺影のように。

7月中旬。京都にある彼女のアトリエを、アメリカから来日していた画家のAesther Changと共に訪ねた。画家二人が岩絵の具や和紙、膠について話をしている間に、私は壁一面に飾られた植物画を興奮気味に鑑賞。そのどれもが雑草、と呼ばれる類の草花ではあるのだけれど、とても丁寧にその姿を記録され、凛としていて美しい。その中から一枚、涼し気なカラスノエンドウの絵を購入させてもらった。湿度の高い、京都での夏の夜の思い出だ。

それからしばらく経った頃、涼し気なカラスノエンドウはいずれ気候に合わなくなってくるよな……と思い、次の季節に相応しいモチーフを描いてもらえないか、彼女に相談したのだ。自分に絵を贈るだなんてこれ以上ない贅沢だけど、まもなく訪れる35歳の誕生日を理由にしつつ……いや、こうなると冬の絵も、春の絵も欲しくなってしまうのだけれど。
──
これまで絵を購入することは少なからずあったものの、これを描いて欲しい、と依頼したのは今回が初めて。もしこれが現代アートの領域であれば、こうした作品をつくって欲しい……と明確な依頼することは、少し憚られるような気もする。アーティストによってはそうした依頼を嫌う人もいるし、実際、依頼者の希望とアーティストの目指す方向がぴたりと重ならなければ、散々な結果になるというのはよくあることだし(勿論、共に創ることに意義を見出すアーティストもいるのだけれど)。
ただ、彼女は大学では日本画を学んできた。過去の日本画家たちが屏風絵や襖絵の依頼を受けて描いてきたように、日本画を学んだ私の学友たちもそうした伝統的な、あるいは現代的な絵の依頼を引き受けている。そうした話を聞いたり、SNSで今日の日本画家たちの仕事ぶりを眺めたりしているうちに、あぁ、絵を頼まれることは彼ら彼女らにとっては至極自然なことなのだよなと、あらためて実感していたのだ。

爽やかなカラスノエンドウから、少し寂しげな桔梗の花に掛け替える。曖昧に変化していく季節の変わり目、けれども絵を掛け替えることで夏と秋の間に一本の線が入ったようで、ことはじめの軽やかな気持ちになった。それは一つの季節に区切りをつける、小さな儀式のようだ。
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Aestherと日本を巡っていた時、度々季節の話になった。
「床の間の掛け軸は季節や行事ごとに掛け替えて……」という説明から始まり、茶席での茶碗やお茶請け、着物の素材や柄、そして居酒屋の小鉢……ほかにも暮らしのあらゆる場面で、幾度も季節にまつわる説明をしている自分に驚いた。あぁ、私たちの文化はこれ程までに、季節に依って立っていたのね、と。
Aestherと同じように、アジア系アメリカ人として米国で育った日本文学研究者のハルオ・シラネはこう論じている。
アメリカのような広大な国では、サボテンが林立するアリゾナの乾いた大地やツンドラや氷河が広がるアラスカなど、自然環境は地域によって大きく異なり、その気候や動植物はあまりにも多種多様です。ですから、誰もが共有できる文化的象徴として機能するような自然のイメージはほとんどないといってよいでしょう。
いや、私がしばらく暮らしていたニューヨークでも桜は咲いていたし、紅葉は鮮やかで、雪は街の汚れを覆い隠していたけれど……と思ったが、かつての地理の授業で習った「ケッペンの気候区分」を参照すると、ニューヨーク州も日本の本州とほぼ同じ温暖湿潤気候で、かなり似た環境なのである。しかしそのように四季がわかりやすく巡っていくのは、アメリカでは一部の地域に限った話なのだ。
また、その本にはこうしたことも書かれていた。
中国や朝鮮半島、ヨーロッパのような、豚、牛、羊などを食べる肉食の文化と異なり、日本は近代になるまで野菜と魚が主たる食料でした。縄文文化から弥生文化に移行する際、日本の農業では畜産が発達しませんでした。世界の古代文明でもこれは非常に珍しいことです。
鹿や猪などは食べてはいましたが、それらは狩猟で捕えたものであり、人間が育てたのではありません。飼育された豚、牛、羊が一年中、食べられるのとは違って、果物、野菜、魚は季節とのつながりがはっきりと見られます。
現在、日本の文化輸出の重要な一翼を担っている日本料理が、食材の新鮮さや季節と強く結びついているのはこうした理由からです。
お皿の中の季節。料亭はもちろん、語句普通の家庭であれ、居酒屋であれ、どこに行っても、季節と食は共にある。
中でもAestherとの旅路で出会った特筆すべき季節の一品がある。それは彼女の絵が飾られている、尾道は向島にあるNAGIという場所でいただいた和菓子。石のような歪な形をした菓子が、緑の粉で覆われていた。

「これ……苔ですか?」と私が尋ねると、作り手である詩絵さんは「気づいてくれましたか!」と答えてくれた。
青大豆のきなこと煎茶の粉は、まさに雨後の苔のよう。口に入れると、まずは煎茶の風味に安堵し、次に青梅の酸味に驚いた。空模様が変わりやすい、夏の夕刻を思わせるような菓子だった。

Aestherが彼女に、菓子作りをする上でのスペシャリティは何かと問うと、彼女は「しいて言うのであれば、季節です」と。向島や、瀬戸内海で採れた旬の果実、そして窓の外に広がる景色が、彼女の創作意欲を大いに刺激している──そのことは、周囲をすっぽり自然に囲まれたNAGIという美しい場所に身を置けば、あえて説明されずともよく理解できることだった。

ハルオ・シラネにとって、もしくはボストンで生まれ育ったAestherにとっては、これ程までに季節と呼応して成り立つ日本の文化というのは珍しいものに映るのかもしれない。島国の内側で育った私たちだけでは、見過ごしてしまうこともあるのだけれど。

そういえば、秋の草花として桔梗を選んだのは、私がその花を好きだから、という以外にも理由があった。
遡ること6月、はるばるデンマークから訪日していたファッションデザイナーのAllaとパートナーのVitが私の実家に泊まった時のことだ。「せっかくやし、着物を着せてあげて欲しいんやけど……」と母に事前に頼んでいたので、二人の着付けと撮影会を実施したのだけれど、そのついでに箪笥の肥やしになっていた着物を引っ張り出してあれこれ見てもらう流れになった。
そんな中、母の「これは、塩谷の家の家紋で、桔梗っていう花やね」という言葉を聞いて驚いた。これまで34年間、実家の家紋が何であるのかなんて、さっぱり気を向けたことがなかったからだ。そもそも家紋なんてあったっけ……と記憶を巡ると、なんとなく墓石に彫られていたものが思い浮かぶ。でもうちは立派な家系図がある訳でもないし、家にまつわる教育をされるようなこともなかったし、ちっとも眼中にはなかったのよ。
母の大阪弁を「これは我が家の家紋……ファミリーシンボルで、桔梗という花。私の好きな花。でも私はたった今、そのことを知ったよ!」と英訳したら、二人は「あぁ、あまりにも近すぎて、見えていないことってあるよね」と笑った。遠くから来た人と共に過ごすと、近くにあるものがよく見える。

私の先祖が愛したであろう桔梗の花を愛でながら、外に目をやると今夜は中秋の名月。これ程好きな季節は他にない。

・森夕香
・Aesther Chang
・Alla Studio
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