小説が書き終わって、「読んでもらいたい」のフェーズになってからの記録④
「タカサキさんは、この小説をどうしたいの?」
それは、覚悟はどれほどか?
という質問であることは
容易に理解することができた。
ただ、私はここまで
無我夢中であったことは間違いなく
本来の性格も相まって
胡散臭いくらい「情熱」を重視する。
良くも悪くも
それが結果に出やすかった。
「公募は出しましたか?」
プロの編集者によると
やはり、公募に出すということが
一番開かれたわかりやすい道だそう。
直接、出版社へ「持ち込む」という行動は
タブーのようだ。
公募では「下読み」する方がいて
それが何回か繰り返され
最終審査の審査員のもとに届くという。
てっぺんまで来る人というのは
沢山の「人」の感性を通ってきて生き残ってきた
信頼の証なのだそう。
最終まで残るためのテクニックを
聞きたがる人が沢山いるし
ネットで検索してもいくつかそういう話題が
浮上してくる場合があるが、実際は
「そんなもん、ないよ」と、彼は微笑んだ。
「でもね」
「運はあるかもしれない」
「運、ですか?」
「そう。なんか全体的には上手くないんだけど
印象に残る、というのかな。
だからといって奇抜な内容だとか
驚くような仕掛けでもなく、
静かに印象に残る作品はあるね」
「相性見たいなものですか?」
「相性というより、その時読んだ人の心に
たまたまフィットしてしまったんだろうね」
「・・・運、ですね」
「そう、そういう意味の『運』」
「余計に分からなくなってしまうな、、、」
「つまりね、自分の書きたいことを書けばいいんですよ」
その時の私は、完全にカタルシスのゾーンに入ってしまった。
書ききった時も
友に読んでもらった時も
変に自分の考えをこねくり回して
特に大きく感動するわけでもなく
涙なんて一つも出なかったけど
なんだか変な欲が出てきて、
小説家にならなければ、と
思考も変な方向に動き始めていった。
まてまてまて、まてーい。
私は私のためだけに
小説を書いたのでなかったか?
バンドで金持ちになりたい
バンドで有名になりたいってやつ
いっぱいいるんですよ。
別に金持ちになりたいなら
バンドじゃなくてもなれるし
有名になりたいなら
人殺してもなれる。
俺は「バンドやりたいからやってる」
「バンドやりたい」って夢は
その時点で叶ってる。
俺、今まで一度も
「あの頃は良かった」って思ったことがない
「書きたいことがあった」
「自分の魂を癒したかった」
「大人が悪いことを証明したかった」
でも、それは「自分」へ向けてだった。
だから「これをどうしたいのか?」と問われ
私はいとも簡単に揺らいだ。
ちょろいな、私って。
めそめそして優柔不断な私に
彼は私が思ってもいなかったことを言い出したのはこの時だった。
「俺、読みますよ」
その一言は、
暗闇の中で出口を探していた私にとって
何よりも眩しい光だった。
