Photo by
nanadays
自分用の教科書
正解探し=自分の中での正論づくりのようなところがあって。
正論というと教科書をイメージするのですが、
私は20代半ばまで自分用の教科書に基づいて生きてきました。
自分を律するようなところもありました。
ただこの自分用の教科書を他人に求めようとすると衝突が生まれるんですよね。
正解は人それぞれだから。
そして自分自身も
自分用の教科書通りにいけば達成感はあるけど、
「こうあらねばいけない」
と思ったり白黒思考になって苦しい一面もありました。
この正解探しという行動は何故始まったのか❓
私の場合は幼少期に顔色伺う経験から始まっています。
「どうすれば怒られないか・評価されるか」が大事で「怒られない・評価されたこと」が正解、答えでした。
しかもこれって他人軸なんですよね。
途中でこの自分用の教科書、改訂されていけば良かったのですがしばらく使い続けてました。
改訂の仕方がわからなかったというのもあります。大人になればなるほど正解はたくさんあることを知ったか
「どれが自分にとっての正論(正解)になるんだ⁉️」
と混乱してしまったんですよね。
今は自分軸用に改訂中で教科書も薄くなってきました🍀注意書きに「正解は人それぞれ」も書いてあります😌
