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濃い味の鮭フレーズ


「鮭あるあるシリーズー」
「何それ」
「陸にいるだけでエロ目的って言われる」
「ヤっバ」
「陸鮭界隈では筋肉の付け方は永遠の課題」
「あんた私のダイエットのお荷物になりながらよくそんなこと言えるね」

 そんなことないし?と言って彼魚が尻尾を振ったので自転車がバランスを崩しかける。
2人でキャーキャー言いながら坂の半ばで自転車を止めた。
親友は「気をつけてよね」と銀色の鱗の反射角度を気にしている。
チカチカすんな。
今日のノルマの半分も行ってないけど、高台から見下ろせる景色は憎らしいほど広い。空から青を反射して、海鳥や、船をはべらせている。
 私の一番きらいな海。
そして私を好ましくいじめるのは、淡水魚か海水魚かはっきりしない鮭の人魚。

「ちょっとー、降りるなら早く帰ろーよー」
「そうする。今日はやる気失せたわぁ」
「おつかれ。さあ、私を引いて参れ。転ぶでないぞ」

クソでかい態度を取る彼魚の読む本をパシッと取り上げてやった。ちょっと、それ、教科書、借りてんだけど、と手を伸ばすが、陸の方に距離を取ってしまえば人魚は我々人類の敵ではなくなる。

「ざーこ! ざーこ! 地球の3割しか動けないくせに!」

2人とも冗談を冗談とわかって軽口を言い合う仲だ。親友で、どちらも居候で、同い年頃の学生。
 私は人魚二人乗り専用の自転車にまたがり、ブレーキの具合を確かめる。

「ちゃんと捕まってよ!本とか読んでられないくらい飛ばすから!」
「こないだそれして教科書なくしたの!ねえ!?誰のせいだと思ってる!?」
「ぼくでーーーーーーす!」

悲鳴のような笑い声を上げながら、赤潮の降り始めた坂道をブレーキ一切なしで下っていく。
お巡りさんに見つかりませんように!
「親御さんに連絡します」って言われて、「両親ともいません」って言った時に毎回される微妙な顔、まっぴら鮃だし。

 ダイエットに使える斜度と長さの坂を、誰にも会わず車輪唸らせて駆け下りていく。バタバタと制服のスカートがめくれ上がる。それをはしたないと言う人もいない。
漁港と高校くらいしか取り柄のない田舎町だもの。
漁村だもん。
20年くらい前は興味深いとかめちゃくちゃ言われてたらしいけど、彼らの造った高台の空き家や商店街の残骸ばっかり残って。
ウチも、この町ができた時からずっとあり続けて都市構想が去ってからも残った、海辺の開けた平地の中にある。


「おばあちゃーん、進路相談来てる」
「マジ?自分も深度相談来てる」
「しんどそうだん?」
「深さ深さ」

 あいあいよー、とおばあちゃんが答えた。
彼魚は庭先で入浴している。1尾丸ごと入れる石造りの露天風呂だ。
まあ、陸の人魚で入浴が趣味じゃないのなんて、たぶんいない。

「何食べてんの」
「フィッシュチップス」
「やーい共食い」
「違うもーん。食べる?」
「食べる食べる」

食べてんの、とは問うたが彼魚は鱗にクリームを擦り込む方に夢中になっている。陸の人魚で健康以上にウロコケアに熱心じゃない人魚はたぶんいない。

「シンド相談って何?」
「将来どの深さで生活するか決めるって話。それによって職種も変わるし、まあ、人間のシンロ相談とあまり変わらないんじゃないの?」
「いや、変わる、いや、変わらないかも、何専門大学とか、たぶん、そんな感じ?」
「私種族、深さの適応率高いから将来設計広く取れるんだよね。それに比べて人間と来たら。地球の3割だけで天下取ってるつもりのざこー」

塗ったクリームが乾き始めたところからウロコを磨き上げながら軽口を言う。

「深いとこ行くの?」
「わかんな」
「やだなー、深いとこ行ってほしくない」

1mだってイヤだ。

 母親の腰に頭をぴったりくっつけて砂浜に踏み出した海水浴場。
まさに『寄せては返す』波の海に、水着の膝丈までを濡らして、海水を弾き飛ばして走り回っていた。
岩礁を1個飛び越えただけだっただろう。
『ズブッ』
といったかはわからないが、ぼちゃんと私の体が肩まで沈んだ。
そして寄せられたと思ったら、返らなかった。
寄せて帰さなかった。
帰してもらえなかった。
私は息ができるように顔だけ出して、あっけに取られてあんぐりした家族が遠ざかっていくのを見つめていた。
そんな幼い子供の立ち泳ぎが続くはずなく、レスキューに助けられていなかったら(大人でも助けるのは危ない勢いだったって)、私はいない。
 ばちくそキラキラしやがって。
太陽光は空にあって、水から反射しなくてもいいんだよ。

「このまま陸住む択ないの」

 と、彼魚に聞く。

「よほど『好き』なやつか、川住みか浅瀬住みと兼ねてになるかな〜」
「ずる。人間、陸一択だよ」
「将来の魚立派な博士が人も海に永住できるようにしてくれるよ」
「遅いわ。こっちはもうおとーさんおかーさんそっちに沈めてんだぞ」
「尊い犠牲だったんよ」
「言うか、この」



「通学お疲れ様です」
「先生おはようございまーす」
「送りお疲れ様。はい、今日も食堂100円引き券ね」
「せんせー、それのせいでこいつのダイエット全然進まないんですけど」
「うるせー、ばか」

 高校に着くと、人間と人魚は教室を東西に別れる。
人魚棟は浸水している。
ちがった、浅瀬に教室を作った、が正解だった。
あいつ、どぼ、と川みたいな廊下に身を投げて、同級生たちにオハヨーオハヨー言って、めっちゃ尾ヒレ振って、昨日のウロコケアの成果なかなか気付いてもらえてないのマジウケる。
私は今朝、ピンクパールみたいな銀色がピカピカして眩しくて仕方なかったのに、ちくしょうめ。
 100円券は財布の中でカタマリと化している。
使ってないよ、こにゃろう。10枚貯めると千円札と交換してもらえるんだからな。

 大抵朝礼に間に合わない担任の先生。

 オハヨーゴザーマッ。
「おはよう凪ー」
「あ、せんせー聞いていいですか」
「珍しいね。今北産業」
「なんでせんせー陸住み択ったんですか?」

先生は二輪車を転がしながら、

「そこに新しい住処があったから?」

イトウ先生らしー。

「知らない相手に物教えんのすっごい楽しいんだよね。ボクとしてはもう少し人間に理解の早さを求めたいところなんだけど」
「人種差別はんたーい」
「前のテストでボクの科目誰も70点取らなかったでしょ」
「あれ?72点取れたって言ってたやついなかった?」
「だれー」

誰だ。私だし。けっこー自信あったのに漢字の凡ミスで落とした分ごまかしたやつし。

「深瀬行くと回遊になってさ、開拓できないんだよね。つまらないじゃん?」


 昼休みの海辺に行く。
深さ問わず砂浜に刺したパラソルと椅子、人間の友達と話したい人魚が集まっている。
落水防止の柵は、足を水に濡らすことからは守ってくれない。

「まじタチウオ」
「すーぐじゃん」
「深海行きにした」
「は?」

彼魚の言葉に、私はなぜか詰まった。
よりによって。
深海行き?

「仲いい友達と3人で」
「…………へえ。良かったじゃん」

がんばってね、とか、言えたら良かった。将来設計早いじゃんとか。皮肉とか、言えたらさ、なのに。ただ、おどろいている。

「なにホヤみたいな顔してるの?」
「あ、あんなんと比べんなお前」
「つーわけでピンチなんですけど。数学の範囲かぶってたくね? 週末までに写さしてくんね?宿題」
「は?」
「オオグチボヤやめろし」
「なんで?なんで?なんで数学っ???」

柵がなかったら、掴みかかってたかも。

「ジャバジャバうるせー。そっちの先生はフグフグしてるらしいけど、うちの数学のセンセはセンボンセンボンしてんの。だからさ、宿題出しとかないと週末居残りさせられる」
「……何言ってんの」
「は?」
「だって、深海行き…って」
「何言ってんの。は?」
「いや、そう言ったの、は?」

潮風は人魚棟の浅瀬からは拭いてこない。

「…………うちらバカなの?」
「たっぷり」
「バカの乾燥ワカメ」
「あのさ、深海行きって、いつ」
「だから言ってんじゃん。今週末行ってくるから宿題写させてって」
「友達と」

遊びに?

「はあ━━」

 何を心配してたんだ。
 この陸人間。

「あーもうこのアホウドリ!水かけて!遠慮しないでいいから!」
「何言い出したの? 寄生虫でも頭に詰まったの?」
「あー、腹からハリガネムシ出そう!! だから!水!!」
「うわあ、そりゃ重症だ。早く出して」

ぴちゃぴちゃと水を制服にかけてくる。中途半端に濡らすな。

「ギャーーッ!ヤバい!出る!出る!」
「ほーれほれほれ」
「あ〜〜トイレ行かなきゃ!もうちょっとかけて!アハハハハ!」

ひと通り一方的な水かけ遊びをやって、水びたしのところに砂場に倒れ込んだバカに彼魚はちょー何となくそうに言った。

「よかったら、その日一緒に海行かね?」



 別に私が送る意味ないんだよな。
ギコギコ、ギコギコ自転車こいで。魚回バス使えばいいのに、私がこぐ人魚送り用自転車に乗るのが好きなんだよねぇ。
今日も今日とて自慢げにピンクパール反射させやがって。
ああ、あつい、あつい。干される。
ぺちゃぺちゃしたたる汗と合わせて目の前があんまり見えないんだわ。人通りのない漁村じゃなかったら、交通事故起こしてるんじゃないの。
いつか山道の太陽光パネルの前に放置してやる。まあ、そこまで1人で行くのもめんどいけど。

「うちらって何パー行けんのかな」
「なんぞろやつめのななうなぎ」
「地球表面積」
「あー、ね?」

目の前には地球の70%が広がっている。

「深瀬住み選択したやつでもさ、地球の3割行けんのかな」
「あー」
「ちっぎょ考えてたけど、私やっぱめんどいしやめるわ、地球の7割回るの」
「へえ、じゃあ、3割煽り、やめる?」
「いやでーーーーーす!」
「クッッッッッソ」

ぐいぐいと足を前に踏み出すたびに、イヤなものが近づいてくる。
そのくせ、やめようと思わない。
進みたいって思ってるわけじゃない。
でも止まりたいわけじゃない。
強いて、言えば、進めおら進め、と煽ってくるむかつくともだちは、いる。

 ああ、
まるで、なんもいない。
船はあるけど。鳥はいるけど。太陽、もっと手加減しろ。海がうるさいんだよ。
私今日海に飛び込むらしい。
水着とかあるわけないし、体丸ごと着替えるセットを持ってきてある。
そんでさ、私がさ、だばーんて海に沈むとするじゃん。そしたら、陸には何も生き物がいなくなるわけだ。
あー熱帯魚的。
彼魚は「キモ」とか言ってクスクス笑った。

「お土産買って帰るわ」
「頼むわ。任せた」
「任しろし。深海産フィッシュチップス、圧縮率が地上と桁違いでオススメらしいし買って帰る」
「買いすぎてもお小遣い分けないかんね」
「どーしよっかな。ふりかけもおばあちゃんに買って帰ろうと思ったんだけど、どーしよっかなー!」
「はー!? 聞くなしー!!」
「天然の塩分濃いめのフレークふりかけ買うかフィッシュチップス多めに買うかどうしようかなー!!」
「あんたに、とっちゃ! ふりかけも、オヤツで、しょうが!」
「せ・い・か・いー!」
「じゃーこ! チリメンモンスター!」



 寄せては帰さず。

 寄せては帰さず。

 陸には手も足も出ないのに、肩から下に沈まずに、私は立っている。

 友達が、遠い浮島でキラキラ、銀色にウロコの光る尻尾を振って、私を煽っていた。

 煽られたから、乗った。

 服のままだからなんだ、この。

 じゃぶ、じゃぶ、と、磯臭い海を、人間は、この未来では、歩けるらしい。

 彼魚からしか聞いたことない声がする。

 鮭のフレーズだ。




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