相反するものに憧れて、今日も路頭に迷う
何があっても揺るがない信念を持っている人はかっこいいと思う。
一方で、自分とは異なる信念を持つ相手を受け入れられる寛容さと柔軟さを持っている人も素敵だと思う。
感情に振り回されずいつも冷静でいられる人を見習いたいと思う。
一方で、自分の感情に素直にあるがままの自分で生きている人はキラキラしていて眩しくみえる。
1つのことを追求し続けてその道を極めている人を心から尊敬する。
一方で、新しいことにどんどん挑戦して、普通の人がしたことがないような幅広い経験をしている人もまた魅力的だと思う。
物事を科学的に、論理的に、分析的に捉えてひとつひとつ解明・改善していける人に感心する。
一方で、過去の前例をひっくり返すような突拍子もないことを思いつくクリエイティビティのある人に憧れる。
どれも両立するのは難しい。だけどどちらも捨てがたい。できることなら両方を持ち合わせている人間でありたい。
一神教の異なる宗教を信じる者たちが互いを認めるのは極論無理な話だ。
「八百万の神」みたいなアニミズム的思想、つまり全てのものに霊とか魂とか神様とかが宿っているという思想を持つ私たち日本人には理解しがたいことだが、一神教の人たちにとって「あなたがキリストを信じるのは別にいいよ、私はアッラーと信じるけどね?」と、そう簡単にはいかない。
だって相手の神の存在を認めるということは、自分の神が唯一絶対であるということ、さらにはそれを信じている自分自身を否定することになるからだ(外国語の勉強をしていた私は歴史や宗教についても多少学習経験がある)。
まぁみんながみんなそうってわけではない。若者たちの信仰心は薄れつつあるし、グローバル化とともに交流も増え「多様性の尊重」が叫ばれる中で互いの宗教だって認め合うようになっていく。
だけど「自分の信念を貫き通す」って、これと同じようなものだと思うのだ。
自分と正反対の信念を持つ相手を認めたり受け入れたりするっていうのは、自分の信念に反することをするっていうのと紙一重とも言える。
だからこれを両立するのはとてもとても難しいことで、絶妙なバランス感覚が問われることだと思う。
いろいろ書いてみたものの実際は、両立もできていなければどちらか一方を極められてもいない。バランスよくって思っていながら、結局全部が中途半端なだけ。
全く自分はどんな自分になりたいんだろう。どうありたいんだろう。
目指したいと思える理想の自分の姿は、この歳になっても見つからない。
今日も今日とて、路頭に迷う。
センチメンタルな投稿、失礼いたしました。
