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「高品質な記事」ってなんだろう?

高品質な記事を書けって言われるけど、どんな記事が高品質だと思う?
SEOやブログ界隈ではよく聞くこの言葉。

何かにつけて「高品質な記事」「高品質なコンテンツ」、もはや口うるさい親の小言レベルで頻繁に出てくる。

でも、実際のところ「高品質」ってなに?
長文?構成?正しい日本語?E-E-A-T?網羅性?
正直、曖昧なまま聞き流してる人も多いんじゃないかなって思う。


技術的な整備や設計は最低条件

真面目に「高品質」の定義を細かく挙げればきりがない。
正確な構成、読みやすい表現、信頼できる一次情報の引用、適切なキーワードの使用。
検索意図に対する答えと、見出しごとの明確な回答。それに独自性。

これらはたった一部にしかすぎないけど、検索エンジンにインデックスされるための技術的な品質。
そして、今の時代においては、ほとんど最低条件になっている。

つまり、これが備わっていないと、インデックスされにくいから検索結果に出てこないし、誰の目にも触れない。
かといって、全部細かくクリアしていなくてもインデックスされることはある。
不思議な世界だ。


本当にそれだけで高品質と言えるの?

SEO的に整っていても、「ふーん」で終わる記事もある。
逆に、構成が多少崩れていても、自分の体験がにじみ出ている記事には心が動くことがある。

最近、自分が書いた本の感想記事が、著者の目に留まり、Xでシェアされたことがあった。その記事は、構造もSEOもそこまで完璧じゃなかった。

けれど、自分の言葉で正直に体験を書いたら、検索でも上位に浮上した。
誰かに読んでほしい、届いてほしいと思って書いた記事って、検索にもちゃんと届くのかも。

読んでもらうために、届けるために、整えるから。


「検索人間最適化」という考え方

私はこれを「検索人間最適化」って呼んでる。
検索者に届くように設計して、読んでもらえるように整える。

検索エンジンも、結局は人の反応を見てる。
だったら、人間が読みやすくて、分かりやすくて、感情の変化がある記事が高品質なんじゃないかと思ってる。

感情の変化って、嬉しいとか悲しいとか共感だけじゃなくて、分かった!やっぱり!なんだって?!知らなかった~!まさか!確かに~!信じられない!おもろ!とか。

読む前と読んだ後に何か変化があれば、動きがあれば、高品質に近づいていると思うんだよね。全部が全部じゃないけど。

誰のために書いて公開してるのかっていえば、結局読んでくれる人のためだよ、私は。


結局どちらも読者のためにある

整った構成も、豊かな表現も。
どちらも、誰かに見つけてもらって読んでもらう。

だからこみつ式では検索で探しやすく・見つかりやすくして、読んで何か変化をもたらせるように書く。

高品質=検索にも届き、人にも届くこと。

その両方を意識した書き方が、これからの時代の第一条件になるんじゃないかな。


自分だけの武器は誰もがもう持ってる

検索されやすくする工夫は、もう沢山言われていて、それぞれがそれぞれに武器を持っている。だから誰かの真似をするだけでは足りない時代。

読まれる工夫も広く知られていて、「量産型」にならないように独自性や個性をたっぷりにじませる必要がある。

誰もやっていないことを見つけるのは難しいけど、自分の経験や考え方、気持ちは誰とも被らない唯一無二。

これはみんな必ず持ってる武器だから、どうやって何を伝えるか、どうやったら伝わるのかを模索していけばきっと自然と高品質になっていくのかも。

自分の経験則も肌感も、結構大事だと思ってるよ。
みんなどう思う?


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渡邉こみつ🐼SEOライター8年目 もしよろしければ、応援していただけると嬉しいです!いただいたチップは、今後の記事作成やライター活動を続けるための大切な資金として使わせていただきます。あなたの応援がもっと素敵なコンテンツを生み出す力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!