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「信頼で売る」と「信頼で売れる」は違う

私も読者なので、誰かの記事を読んでがっかりしたくない。
「読者のこと、そんな風に思ってたのか」と思いたくない。

残念ながら、そうした経験が積み重なって、今日この記事を書いています。

批判がしたいわけじゃない。
どちらが正しいかの話でもない。
ただ、ずっと引っかかっていて、もやもやしているので、書いておこうと思って。

誰が正しいとか間違ってる話じゃなくて、私の好みの話をするね。
黒い感情が多すぎて、ネガティブ要素も多いから有料にしているよ。

今日は「信頼」の話。
売り方の話じゃないし、売れる話でもない。



「信頼を作る」には、2種類ある

「信頼があれば売れます」
「まず信頼を作ることが大事」
「フォロワーとの関係が、売上に直結する」
言っていることは、わかる。
間違ってもいない。

私も「信頼を作る」という表現を使うよ。
ブレずに、真っ直ぐに、コンスタントに、丁寧にやり続けること。
それが信頼になると考えているし、説いている。

でも「信頼を作る」という言葉の中に、全然違う2つの動きが混在していることに最近ようやく気付いたんだ。

ベクトルの違う「作る」

ひとつは、コンテンツに向かう動き
信頼してもらえるような記事を書く。
届け方を考える。
自分の軸をブレさせない。

その積み重ねを読者が見て「この人は信用に値する」と判断する。
主語は、自分のコンテンツ。

もうひとつは、読者に向かう動き
特定の誰かに寄り添って、距離を縮めて、関係性を作る。
「顔が見える距離感」
「丁寧な返信」
「親身な対応」

対人における体力が必要で、その分だけ深く刺さる。
主語は、人間関係だ。

矢印の向きが、真逆なのよね。
前者は内側(自分)に向かってやること。読者はその結果を見ている。
後者は外側(読者)向かってやること。関係性そのものを設計している。

どちらも「信頼を作る」と表現される。でも、全然違うよね、性質がね。


見えた瞬間に、胡散臭い

「読者に向かう動き」が、ときに売上の手段になること。
これがすごい苦手です。

関係性を作って、距離を縮めて、その関係性ごと売る。

読者の側から見ると、
「この人、丁寧に接してくれるな」
「優しいし、いいひとだな」
「あ、有料note出したんだ。この人だから買ってみよう」
って感じ。

ここまでは自然だよね。
でも、その「近い感じ」が最初から売上に変換するために設計されていたとしたら?

どこかのタイミングで気づく。
「あ、あの距離感は、売るためだったのか」と。

信頼できる人を演じているように見えてしまう。
発信側はそのつもりがなくても。

実際に私は、それで離れたことがある。
冷める瞬間というのは、急に来る。

「裏切られた」というほど大げさじゃないけど、静かに「そういう人だったのか」と思う。
「なんかいいかも」が作られたものだったのかと感じたときのがっかり感。

何とも言えない「あーぁ」が脳みそをぐるぐるする。


「私っていいやつでしょ?」と「なんかいいやつかも…」

仲良く交流するパンダとストイックに書き続けるパンダの比較
交流が悪いとかストイックにやれじゃない

もっとシンプルに言うと
「私っていいやつでしょ?」と振る舞うのか。
「なんかいいやつかも…」と思ってもらえる行動をするのか。
ってことで。そりゃもう私が穿っているんでしょうけど。

前者は特定の誰かに向けて。
相手に「そうだね」と返してもらって、はじめて成立する。
後者は不特定多数に向けて。
自分がブレずにやり続けた結果、読んだ人がそう感じる。

外側から見ると、どちらも「親切にしている」「丁寧にしている」に見える。でも動機と矢印が、全然違う。

構造だけ見ると、高齢者に近づいて高額商品を売るやり口と同じだ。
健康体操とかね、低周波のなんちゃらとかね、あるでしょ?
それでなぜか高級布団買ってきちゃうみたいな。

孤独な人に居場所を作って、親身になって感謝させて「この子のために買いたい」と思わせる。本人の意思で買っている。でもその意思は、どこから来たのか。

悪徳かどうかの話じゃない。違法かどうかの話でもない。
何のための信頼か、という話。


信頼に見せかけた依存

ここが本質だと思っている。

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