オランダ版シンディーの話〜鉄のカーテンを越えた女の子〜
アメリカのバービーに対抗して1963年にイギリスのペディグリー社が発売したのが、シンディーと呼ばれるドールであった。
彼女の見た目はバービーよりもアメリカのアイデアル社のタミーちゃんに似たものであったが、後にシンディー独特の個性を獲得していった。
そんなシンディーはイギリスだけでなく、ヨーロッパ圏で人気となったわけだが、そんな中で何故か「オランダ限定のシンディー」なるものが存在するのである───。
私がそのドールを知ったのは2020年であった。
インスタで偶然流れてきた海外のヴィンテージドールを取り扱うアカウントで紹介されていたそのドールにガッチリ心を掴まれたのだ。
しかし時はコロナ禍真っ只中。
海外から輸入するのにも感染リスクがあり、しばらくの間購入を躊躇っていたが、そのドールを入手したいという思いはますます募るばかりで、結局のところ物欲に負けて、オランダの隣国のルクセンブルクからeBayで輸入することに決めたのである。
届いた品物は即座に消毒、パッケージも梱包材も消毒したうえで袋に入れて廃棄と、やれるだけの対策をしたのも今となっては懐かしい。
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私の元にやって来た彼女はこれである。

オランダで生まれた彼女の名前は
Fleur(フルール)
元々はオランダでも普通にシンディーを輸入できていたのだが、1978年に突如としてペディグリー社からライセンス契約を打ち切られたという。
そこでオランダの玩具会社のオットー・シモンが新たにつくったオリジナルファッションドールである。(契約を切られた怒りで一晩でフルールをデザインしたという逸話も見かけた)
シンディーの背格好をベースとしながらも、顔のデザインは完全にオリジナルのものだ。
最も特徴的なのは密に植毛された長いまつ毛だろう。

デザインコンセプトは
「健全で親しみやすく、お母さんにも好かれる女の子」
だそうで、ここにも以前紹介したchabelのように
「バービーみたいなスーパーモデル体型の爆美女が着せ替え人形の代表格なのって、教育上よろしくないよなあ」
というルッキズムの刷り込みに反する思想が透けて見える。(定期的にヨーロッパではこの考え方に基づいたドールが生まれる)
「お母さんにも好かれる」というのがポイント。
あとはやはり、アメリカのドールに欧州の着せ替え人形市場を支配されたくないというヨーロッパの対抗意識みたいなものもなくはなかったと個人的には考えている。
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彼女のもうひとつの特徴といえば、スポーツに果敢に挑戦するスタイルが多いということだ。
「お母さんにも好かれる健康的な女の子」のコンセプトどおりに、フルールは実に活動的である。
たとえば当時のブックレットに載ってるこれ。

なにこれ???
室内での大胆果敢かつ危険な挑戦ぶりに、きっとアリエッティもビックリするだろう。
この身体能力、ぜひトイストーリーに出演してほしかった。
ちなみにこの商品名は、「エベレストフルール」。
フルールにエベレストを登頂させようという発想もわからないし、この軽装とロープ1本でエベレストに登頂しようとしてるフルールも只者ではない。
つまりこの写真はエベレスト到着に向けた高度順応訓練…ってコト?!?!
(余談だが私がフルールを欲しいと決定的に思ったのもこの写真である)
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イギリスのリアルなファッションを身にまとっていたシンディーとは異なり、アクティブ路線も切り開いていったフルール。
そんな彼女は1983年からドイツやデンマーク、ベルギーなどの近隣諸国に輸出されるようになった。
また、ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアなど東欧の共産圏にも渡っていったという。
冷戦真っ只中のヨーロッパで西側から鉄のカーテンを超えていくドールなどそうそうなかったはずだ。フルールの往時の人気ぶりが見て取れる。
実際、旧共産圏の人々の記憶にも憧れの高級ドールとして未だに強く記憶に残っているそうだ。
一時はオランダ国内でバービーの売上も超えたフルールだが、栄華はそう長くは続かなかった。
1987年にデザインをイギリスに外注して一新したことで売上が一気に落ちてしまったのだ。
そのうえ親会社が製紙事業へ集中したことが影響し、1988年は突如として生産終了となってしまう。翌年には玩具部門がドイツ企業へ売却され、復活することなくフルールの歴史はあっけなく幕を閉じた。
たった10年、されど10年。
フルールはその短い期間にベネルクス(オランダ・ベルギー・ルクセンブルク)・中欧・北欧、そして東欧の共産圏の国々の人々の記憶に今でも強く残ることに成功した。
まるでエベレストに登頂するときと同じように、きっと彼女はロープ1本で軽々と鉄のカーテンを乗り越えていったのだ。
たとえ新たに生産されなくなったとしても、人々から忘れ去られなければ、そのドールは永遠に生き続ける。
着せ替えておしゃれを楽しんだ人、アクティビティのごっこ遊びで楽しんだ人、大事にコレクションをしていた人、西側から来た素敵なドールとして憧れ続けた人───様々な国の様々な人の思い出を背負って、今でもフルールは愛され続けている、とても幸せなドールだと思う。
