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長走りの瀧と済浄坊渓谷

【過去の記録◆2022年5月23日①】

「動かずにいるのは同じ筋肉を使い続けること」と説明しているのですが、座り続けて固まってしまった呼吸筋をほぐすため、瀧へ行ってきました。

 山奥の道では、ひと足ごとがその前の一歩とは違います。
 地形や地面の状態に合わせて1カウントずつ振り付けを考えているような感じもします。

『平城遷都1300年』のパレードに参加して、「長い距離は歩けないけれど、踊りながらだと進める」と分かったときを思い出しました。
 舗装されていない道が……そこにある倒木や崩土といった障害物こそが、わたしを先へ進ませるのです。

 先週に出かけたときには、県道のあちこちで崩土を見ました。雨が続くと山の奥は、歩道までも通行止めになります。
 5月でさえ両手が氷のようになる場所は、冬には濡れた道も凍りついて、わたしの身体では行けなくなるでしょう。

 それで、「行けるうちに」というだけではなく、「行ける時」に行こうと考えたのでした。
「行けるうち」は何十年も前に終わったと、「COGY(足こぎ車いす)」を使う前にはおもっていて、再び取り戻せるとは考えもしませんでしたが。

 まるで、この美しい世界に別れを告げて回っているような気もします。
「おもいがけず、別れを告げる時間が与えられた」と感じるのです。

 もちろん、瀧の傍を歩き回るごとに強くなっていく身体は、これから先も出逢い続けていくのですが、再会を考えないでいると、この世界の美しさがいっそう愛おしく感じられます。

 動いているものを写真に収めるのは難しいので、短い動画(5秒ほど)をたくさん撮りました。

長走りの瀧

 横輪川の長い滑床を流れる水は、車道から見ることができます。
 どこかへ行くたび、「障害が再び進行しても行ける範囲」を考えてみて、「将来の下見のようだ」と感じるのです。

 ずっと離れた「済浄坊(さいじょうぼう)の瀧」から下ってきた水だと、帰宅後に地図を見て気づきました。

川の向こうの山

 切り立った岩肌にも、どうにかして根を張った木々があるようです。

巨人伝承を想起させる山

 瀧には住所の番地がないため、車のナビには近くの役場を入力して、後は印刷した地図を見ながら(スマホは持っていません)目的地へ行きます。
 今回、入力した曽爾村役場に近づくと、こちらへ倒れかかってくるような感じのする山がありました。県道に入って山の後ろに回りましたが、手前の山の間から、こちらをまだ見ているように感じます。

済浄坊渓谷

 車を止めた所から少し歩くだけで、美しい水のそばに行けます。
 目指す「済浄坊の瀧」は500メートル先なので、長く歩けなくなった時はここを目的地にしよう……と、将来の下見を済ませました。

整備された道

 現在の目的地はずっと先ですが、入り口のほうは歩きやすい道でした。